2022年卒業設計への旅 その3

今年も旅への招待状が届いた。北海道大学建築学科の卒業設計発表会への旅である。
例年と違う点が二つ。リモートでの参加であること。そして今年が私にとって最後の旅であること。
Last Journey、力の限り。

その他4案のあらすじは。。。
・都市近郊の自然地形に埋め込まれた地域共同の火葬場と墓地。
窪地で向き合う墓標と火葬場に差し込む光が美しい。

・地下鉄駅とバスターミナルとマンションが一体化した昭和の複合建築。
無愛想な外観を住民の趣味が滲み出す生活空間に更新する提案。減築、挿入、充填、あらゆる手が尽くされる。

・開拓以来の150年の都市化で全道的に激減した丹頂鶴の生息地を再生。
繊細でアイデアの詰まった木橋構築物の提案。美しいだけではなく、水質浄化などの土木機能も持つ。

・住宅地に囲まれた自然地形公園につくる地域で子供を見守る遊び場。
地形、遊具、建築が融合して遊び環境をつくる提案。子供の興味を引き出すための奮闘が随所にみられる。

・神戸の昭和アーケード商店街を住まいとコミュニティの場として再生。
アーケードの裏表を隅々まで活用した立体的な空間の提案。毎日楽しいに違いない。

先にアップした2案を含め、全6作品は私の最後の旅先として心に深く残るものだった。
前世代の環境破壊をヒステリックに批判するものではないし、誇大妄想的なプロジェクトでもない。
謙虚さとアツさが滲み出す提案に出会えた3時間の旅が終わった。
同時に2001年から20年以上続いた旅も終わった。
これからは沢山の「旅の記憶」を心に、仕事に没頭。N.F

2022年卒業設計への旅 その2

今年も旅への招待状が届いた。北海道大学建築学科の卒業設計発表会への旅である。
例年と違う点が二つ。リモートでの参加であること。そして今年が私にとって最後の旅であること。
Last Journey、力の限り。

2020年に閉園した豊島園は27ha。(東京ドーム何個分になるかはお調べください。)

都市の成熟、ヴァーチャルゲームの侵略、、、ついに都会における遊園地の役割はおわり、巨大な未利用地が現れた。
実際には商業上の跡地利用は決まっているが、本来はどう活用するべきか?

私はバーチャル賛同派ではないが、それでも遊び時間を仮想現実で過ごす人口が増えているという実感とともに、
いつしか24haの豊島園はサイズオーバーになったのではと考える。
また大きなプールやアトラクションも仮想現実の魔力に遅れをとったのかも知れない。

提案者は豊島園名物のサークルプールのみを遺構として残し、あとは森に戻した。

しかし遺構としてのプールや大きな森からは仮想現実を凌ぐオーラを受け取れなかった。
提案者はこう述べている。
「豊島園は都市の成熟により淘汰された」と。
冴えた視点である。
1922年の開園以来、都市住民を魅了する魔力を持ちえた豊島園。
現代の成熟した都市住民をも魅了する魔力とは何か。。。
としまえん2.0、さらに発展させてほしい。楽しみで楽しみで。N.F

2022年卒業設計への旅 その1

今年も旅への招待状が届いた。北海道大学建築学科の卒業設計発表会への旅である。
例年と違う点が二つ。リモートでの参加であること。そして今年が私にとって最後の旅であること。
Last Journey、力の限り。

わが街角に「あったらいいね、こんな空間、場所、仕掛け」を言葉として住民自らがバトンリレーの様に書き連ねる。
提案者はそれを「連歌」に例える。
リレーを絵にすると、こんな風になる。玉突き事故の様に、階段や床や収納や間仕切りが延々と展開する。

そしてそれを実際の街角に具現化した建築がこれだ。

一見して、行き当たりバッタリ、出たとこ勝負、やけくそ、という風景が広がる。
提案者の訴えを要約すると、次の様になる。
「これまでの都市や建築は、堅牢な骨組みと強固な外形によって、民意を反映する柔軟さを備えてこなかった」
提案者はそんな建築のつくり方を根底から覆している。
「美しさや新しさ」を放棄している様に思うが、反対だ。むしろ凝り固まった「美しさと新しさ」を更新しよう試みている。
街角に開放された住民による住民のための居場所づくりは今後も続くだろう。連歌遊びの様に。
業界ワードでは「設計プロセスの民主化」「ナラティブ(物語)プランニング」などというらしい。
お決まりのカッコよさ、美しさに流されない勇気のある作品である。NF

デッサン教室


仕事の息抜きに脳を休ませたいと思っていた時
pbVスタッフのA.Hが講師をつとめるデッサン教室へのお誘いを受けた。

白いカンバスに炭素の結晶で黒い層を重ねて行くという単純かつ深淵な作業。
色という選択肢はないから、「白と黒の配分」にその人の着眼が表れる。
カタチの正確さに神経質にならず、ひたすら黒の配分に集中するのだ。

A.Hが用意したモチーフはホオズキが刺さった靴。
複雑すぎるホオズキはさておき、向き合うべきは靴だ。
いや、靴の方がこちらにウィンクしている。

靴皮の光が反射する部分がカンバスの純白とするなら、靴底の隙間は漆黒の闇である。
そこには光から闇への無限のトーンがある。
「あなたにはその鉛筆で、この私を塗り上げることができるかしら?(^_-)☆」

などという、聞こえるはずのない声に導かれながら我を忘れること数十分。
何100回となく、腕をスウィングしているうちに
黒光りする泥団子の様な靴が出現した。

「鉛筆が可哀そうだから、もうそれ以上塗るのをやめてあげて」

隣の小さな女の子から鉛筆を取り上げられそうになった時、
脳がリフレッシュしていることに驚いた。

もし、複雑なホオズキに向き合っていたら、脳みそはフリーズダウンしていたに違いない。
複雑さから逃げている様ではデッサン教室の生徒としては失格だが、
人間の脳にとって、デッサンとはまさに〇〇〇なのである。
あなたも、お近くのデッサン教室で〇〇〇を見つけてください。
N.F

自己中心新聞


企業が自社の活動をクライアントや世の中に対しアピールするため会社案内をつくって手渡しをする。
ペーパーレスの時代に「現物渡し」とは環境に優しくないが、相手のハートに届かせる確かな戦法ではある。

さて、頂いた会社案内を開いてみると、、、
社長さんのお言葉や、目玉となる作品や実績が飾られている。
もしそれが良くできた編集だった場合には
「あれは貴社のお仕事だったんですかあーーー!」とか、
「こんなマニアックなこともされているんですねっ!」的な感動から飛び火状に会話が展開する。
人と人のバリアが破壊されるこの「瞬間」のために会社案内はあるのだ、、、
と、私は勝手に思い込んでいる。

さて、pbVも会社案内を求められることがある。
しかし、今のところお渡しできるものは無い。
「しかたない、何か作るか・・・」
これがぬかるみの世界への危険な入口だ。毎度のことながら。
バリアを如何に破壊し、我々の取り組んでいる複雑で楽しい世界に引きずり込むのか。
例により、七転八倒の末に手に入れたアイデアは「新聞」。
編集方針は以下である。
・会社案内とは悟らせない
・新聞のページ構成を遵守する
・自己中心的な記事で埋め尽くす

世の波に翻弄され、悩みながらも、たまにカッコもつけたいと願う。
この様な自己中心的な当社のアイデアや妄想が詰まっている。
暇なのではありません。おふざけでもありません。
人と人のバリアを破壊するための挑戦なのである。
挑戦のつもりなのである。

それにしてもテレビ欄や小説欄をどの様に料理すべきか・・・
「新聞づくり」に翻弄される日々が続く。
N.F

アート野郎

当社には宝モノがいくつかある。
そのうちの一つを今日ここに紹介させて頂く。
「東京芸術大学美術学部建築学科 1997年度作品集」
卒業生から贈呈されて以来20年以上、日々の仕事で「枯れたかな」という自覚症状が出た場合に手に取る。

カードがリングで束になっているだけの簡単な構造だが、
中身は「本気さ、アツさ、不可解さ、そして遊び」が詰まっている。
公告、見本帳、組立キット、落書き、薬事処方、返信用はがき、通告文など様々な体裁を利用して
見るものを人と空間にまつわる物語や事件に誘う。

中でも最高にバカバカしく崇高な御提案はこれだ。

地道に外側の線から切り抜いて重ねると、、、富士山になるという組立キット。
ターゲット明確化社会にあって、これほどターゲット不明な提案はない。

この作品集は1500円の定価がついている。アメ横商店街など上野界隈のお店や企業が
毎年喜んで買ってくれるらしい。

私は「忖度とエビデンスとターゲット」という出世の3要件には殆ど反応できないダメ男だが、
アート野郎の冴えたアイデアとそれをストレートに表現する勇気には、まだまだ反応できる。
N.F

REMからの伝言


浮かんでは消え、姿が見えたと思ったら霧の中に去り行く「冴えたアイデアたち」。
それらをどの様に捕獲し、仕事や社会に還元するのか、、、
非常に難しい問題だ。

すでに亡くなったある天才作家がTVで日常の悪戦苦闘を語っていた。
彼に才をもたらしたものは酒。
彼に死をもたらしたものも酒。
酩酊し眠りにつく寸前に奇跡の発想が降りてくるらしい。
朝になると忘れるので枕元にノートを用意し、鉄の意志で何とか文字にして眠る。
目覚めたとき、昨夜の発想の微かな記憶と大きな期待を胸にノートを開くと、、、
「れいぞうこ」とある。
「…??? 」
「はてさて、これはどうしたものやら。」
途方に暮れてまた酒をあおる。

中島らもさん(1952-2004)のこの話を聞いて、閃いた。
冴えたアイデアの殆どは未明のREM睡眠時に訪れる。
私としてはこれを何とか捕獲したいのだ。
そこでノートではなくスマホを手元に置き、
その時が来たら鉄の意志でスマホを立ち上げ、
メールに書き留めて私のPCアドレスに送信してみた。
そして深い2度寝に落ちたのだった。

かくして数時間後、仕事場でパソコンを立ち上げ、
冴えた発想の余韻とともにメールをチェックしてみた。
「覚醒モードの私」からの伝言は、、、
「色んなものの化合物」とあった。
「…???」
「はてさて? これはどうしたものやら。」
しかし、これくらいの「?感」を我々は今まさに必要としているのだ。
その後、この習慣を続けるうち「?」が「!」に変わる確率が増えてきた。
N.F

「松の葉」の可能性

私がここ数週間、公私にわたり大変お世話になっている松葉杖。
やっと仲良くなれたのに、もうお別れだ。
仲良くなるまでには、お互い色々な努力が必要だった。
また、普段の当たり前の生活態度に対する気づきもあった。
しかし、これらのことは私と松葉杖だけの甘い思い出として語らないことにする。

覚えておきたいことは、松葉杖の成長と進化である。
松葉杖はもちろん「松の葉」の形に由来するが、、、
誰が名付けたか、妙名である。

私のパートナーは現在の汎用型で、アルミとゴムと樹脂により軽快に出来ている。
とくに杖先の形状が工夫されている。
二重の吸盤構造になっており、床に吸い付く様に接地し、ほとんど滑らない。

実は、20年前にもお世話になったことがある。その時は木製の重量感があるタイプだったが
その木製杖の基本を踏襲しながら、高さ調節や握りのグリップ感など、
ディテールが進化し、かなり使いやすくなっている。

さて、松葉杖はこの先どこへ向かうのか?
ネットで検索すると、、、

・体重を肘にも乗せるので、支点が分散し楽に歩ける。
・ボタン操作で腕を固定したりフリーにしたり、手も使い安くなる。

そして、さらにその先には、、
・転んでもエアバッグが出る。
・カメラの自撮り棒が設置できる。
・傘も固定できる。
・GPSを搭載する。

こうなったら、無限の可能性に向かって猛進あるのみ。
・フォグランプで夜でも安心お散歩。
・杖先はタイヤモードを追加して自動走行。
・ステレオスピーカーとブルートゥースを搭載。
・痴漢撃退電気ショックもつけたら女性にも人気。
・格納式の羽根とマイクロジェットをつけたら通院はひとっ飛び。
・自動翻訳機もつけたら海外出張の必須アイテムに。

「松の葉」の形は至ってシンプルなだけに、その可能性は無限だ。N.F

2021年 卒業設計への旅


今年も北海道大学建築学科の卒業設計発表会にゲスト講評者として参加した。
コロナ禍での開催には学生側にも教員側にも大変な試行錯誤と困難があったと思う。
それに報いるために私は全力を振り絞るのだが・・・

私の前に置かれた模型。
捩れた柱、傾いた床、構築物としては崩壊寸前のようである。
昨今のどれも同じに見える美しく完成された駅前再開発に対するカウンターパンチであるという説明だ。

それにしても、この建物でショッピングをするのは命がけだろう。
高所が苦手な人は、お目当てのお店にたどり着くこともできない。
頭上でクレーンに吊られた資材にビクつきながらランチを食べるはめになる。
それはさておき。
この模型が放つ独特の雰囲気には二つの背景がある。
まず、模型作りの雑さ。
次に、建築は「完成するべきもの」だという通念に対する嫌悪感。

後者について、私は強く共感する。建築物は出来上がった直後から色んな経験を強いられる。
予定通りには使われないし、乱暴に扱われ、設備も音を上げる。
外壁は汚れ、陣地争いの末に間取りはあっさりと変形される。
これが現実だ。だから完成という言葉は手続き上だけのことだといえる。
もしそうだとするなら、決して完成しないことを喜び、みんなでそのプロセスを分かち合おう。
それが主張だ。
一見クレイジーだが、一方では建築物の宿命にポジティブに向き合っていると感じた。
伊勢神宮もガウディの教会も完成しない故に、建築物としても観光地としても消費されないのだ。

残念ながらこの案は大賞に選ばれなかった。
それはなぜか?
模型が雑過ぎたのかも知れない。
あるいは「完成しない」という価値を教員側が深く吟味出来なかったからかも知れない。

しかし建築物を「完成させるか」か「完成させない」かは地球と人類にとって大問題なのである。
「完成させる」は次の瞬間に「消耗」につながるが、「完成させない」は「持続」を意味するからだ。
それを巡って、みんなで大喧嘩するくらいのアツい発表会じゃないと「大きすぎる作品」は生まれない。
ということで、今年も一人で妄想と暴走を繰り返す、卒業設計への旅となってしまった。
N.F

大きすぎる作品 その2


私には俳句や和歌についての心得はない。
しかし「奥の細道」で詠まれた句はよく知っている。
文言だけを覚えているのではなく、詠まれた風景も一緒にインプットされている。
それは句が冒険紀行文の中で読者が見たい「ショット写真」の様に扱われているからだ。
江戸深川を出て、仙台・新潟・北陸を巡る5カ月に及ぶ大冒険。
現代の編集者なら、文章に加えて当然ヴィジュアルインパクトを挿入したくなるところだ。

美しい(だけの)句、納まりの良い(だけの)句、洒落の利いた(だけの)句、スキルフルな(だけの)句
を求める当時の風潮に吐き気がした芭蕉のとった戦略は
作品としての句を捨て、紀行文全体を大きな句に化けさせることだった。
当時まだ未知なる東北へのダイナミックでスリリングで切ない冒険こそ、
芭蕉が伝えたかったことなのだ。

俳諧と土木事業における成功の絶頂期、芭蕉はなぜか江戸下町深川のpoorな家に引っ越した。
庭の古池に入る蛙を眺めながら、大冒険紀行文のシナリオを練りに練った(そうだ)。
ルート、名所の位置、出会うべき風景、詠むべき句・・・
なんと冒険に出る前から、展開はデザインされていたのである。
poorな縁側で池の蛙をじっと見つめていたからこそ、手に入ったアイデアなのかも知れない。
「大きすぎる作品」づくりの始まりである。
N.F