逆光

依頼の有無に関わらず、自主的に追悼文を書くことがある。
感謝や鎮魂が目的ではなく、
成長過程の自分に強い影響を与えた人たちの持っていた
「何か」を言葉にするためだ。
しかし「何か」を突き止めるのは非常に難しい。
何回か書くうちに気付いた。「何か」とは、その人の中にある「矛盾」なのだ。
向きの全く違うヴェクトルが私を混乱させ、考えさせ、結果それが影響力となる。
例えば
明晰さとクレイジーさが同居していたり、
厳しさと寛容さを兼ね備えていたり、
言動不一致が魅力的に映ったり。

1933年宮沢賢治が死んだとき、高村光太郎は次のような短い追悼文を書く。
うちにコスモスを持つ者は、
世界の何処の辺境に居ても、
常に一地方的な存在から脱する。
当時希少だった輸入レコードの多くが海外から岩手に届けられたらしいが、
注文者はどうも宮沢賢治だった。。。という新聞記事を読んだことがある。
花巻という山村における農業への献身と宇宙的規模の構想力。
地中に刺さろうとしているのか、大気圏外を目指しているのか。
この「矛盾」を高村光太郎は端的すぎる言葉にしたのだ。

写真は高村光太郎が住んだ花巻の山居の便所に彫った「光」。
便坊の暗闇に浮かび上がる「光」が反転している、という視覚的で強烈な矛盾。。
高村光太郎のための追悼文「逆光」、、、お題を考えただけで不眠症。N.F