Rich  か Poor か。 のつづき

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北海道大学の都市・建築コースの卒業設計。
毎年約50人の学生が「己の証し」を立てる。
自分と粘り強く向合った痕跡が図面や模型にニジむ。
  
①ARY案 :電子書籍の無人データセンターを地球上のある場所に置いた。そこは地震ゼロ地帯。
②SAT-E案 :コンクリートの箱がバーコード状に密集する、人と動物が出会う場。つまり不可思議な動物園の提案。
③SAT-O案 :段状の古風で風情のある街並に小さな手術を多く加えた。かくして生活空間は舞台セットの様になった。
④YMZ-M案 :木立に囲まれた山荘のような本屋さん。じっくり本と向合える。
⑤HMD案 :淡路島の棚田を利用したサナトリウム。入院すれば園芸三昧の日々が送れる。
 
これらは優秀作品にもれた案たちである。
  
しかし、良し悪しあわせて、私に何かを訴えた。
 
私はこの事実を放置できないでいる。
  
「施」とは恵を与えること。建築の究極の目的である。
施しの対象は「人様」だけでは不足だ。
街並み、金まわり、自然環境・・・
 
ここで私のモノサシを整理すると
Richとは「人様」だけに恵を与える姿勢。
Poorとは恵が人様以外にも及ぶように体を張る姿勢。
  
各案にモノサシを当ててみると・・・
①「無人建築」の存在がもたらすものとは?
②「動物目線」の空間指標とは?
③「最小を多く」つくる効能とは?
④「行ってみたい!」と思わせる企画性とは?
⑤「風景」の創造と破壊の分岐点は?
 
どれもが「問い」を持っている一方で、
どれもが「答え」としての輪郭が曖昧だ。
 
答えの輪郭を明確にするためには、
大学評価基準である社会性や建築的構想力のモノサシでは測れない
「問い」を研ぐことが重要だ。
 
「問い」は新たな「答え」を生み続ける。
 
眼前の「答え」に一喜一憂しているのは愚かだ。
 
50人の己の証しが揃い踏みする卒計は、「問い」を整理し蓄積する大チャンス。
 
 
しかし、なかなかそうはならない。
 
「問い」を見つけるのは骨の折れるPoorな作業だから。 
でも、それが明日への糧であり、それが「大学のお仕事」なのです。
 
励むべし!
  
  
ちなみに、それは私の仕事ではありません。
N.F

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