日本縦断玉突き

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紙袋を巡る、日本縦断の企業玉突きが展開中である。これまでの試合展開を要約すると。。。 
  <strong>①</strong> 一昨年、我々は東京ビジネスデザイン賞という地味なコンペに応募した。
 
  <strong>②</strong> 紙袋部門で当選し、以来2年弱、<strong>浅草「金森製袋」</strong>と行きつ戻りつのデザイン開発に取組んできた。
 
  <strong>③</strong> その話を友人の<strong>「水曜どうでしょう?」プロデューサーF氏</strong>にしていたら、
    <strong> 静岡県富士市「大二製紙」</strong>という100%再生紙の企業を紹介してくれた。 
 
  <strong>④</strong> こちらから企業訪問するはずが、先に<strong>富士市「大二製紙」</strong>T社長が<strong> 札幌</strong>にやって来た。 
  <strong>⑤</strong> 負けじと我々も、<strong>富士市「大二製紙</strong>」の工場の見学に伺った。
 
  <strong>⑥</strong> その後スグ、富士市「大二製紙」T社長が<strong>浅草「金森製袋」</strong>H社長を見学訪問された。
 
  <strong>⑦</strong> そして間髪を入れず「大二製紙」T社長が私を<strong>大阪船場、創業百年の老舗「大一洋紙」</strong>に導く。
 
  <strong>⑧</strong> 船場「大一洋紙」専務M氏が、私を拉致するように車に乗せ大阪から関空近傍の<strong>泉南「山陽製紙」</strong>に。
 
  <strong>⑨</strong> 数日後とって返すように今度は泉南「山陽製紙」H社長は社員を連れ、<strong>富士市「大二製紙」</strong>を見学訪問。
 
  <strong>⑩</strong> その勢いをかって泉南「山陽製紙」H社長は<strong>浅草「金森製袋」</strong>H社長を訪問し、ある商品開発に踏出す。
 
途中で完全に見失ってもうたわっ!・・・・お叱りの声も、ごもっとも。なんせ玉突きですから。
 
札幌→浅草→富士→浅草→富士→船場→泉南→富士→浅草→札幌、
日本の北半分1000㎞超にまたがり企業が玉突きを展開した。
 
建築は重くて動かない。だから置かれる地域や街に縛られる。従って技術交流にも
自ずと限界と境界がある。
 
一方、紙袋は「包む」という機能が建築と似ているが極限まで軽い。 
しかも平面と立体のどちらにも変化する。だから技術交流には限界も境界もない。
 
究極の軽さの技術に学びながら、重い建築の在り方を見直そうとモガイテ来た我々だが、
気付けば多くの企業が玉突き状態に。
 
写真は大阪泉南「山陽製紙」の主力素材、セメント袋や米袋の底の帯。
紙素材の開発には非常に挑戦的な企業で、紙で糸や繊維もつくる。
 
写真のセメント袋帯部分は今では、電材のラッピングに使われている。 
シワが伸縮し、複雑な形態に追従するが
中に繊維が練り込まれており伸びても切れない。
 
紙袋の素材と工法を巡る我々の旅は、2年弱の間にここまでたどり着いた。
 
今後も玉突きは続くのか? 
いやそろそろカタチを捻り出すタイミングなのか?
いやいや、もうちょっと仲間が増えた方が盛り上がるかも?
いやいやいや、手も動かさんと。。。
 
「軽さ」の可能性に魅了されるこの頃である。N.F

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