2020年 卒業設計への旅


北海道大学の卒業設計の最終プレゼン会に招かれた。
50人の学生から選ばれた10人が自分の作品を前に思いを語った。

プレゼンを聴いた講評側は少し不満を感じた様だ。
その原因として、講評側の多くはプレゼンテーションの完成度の不足を指摘した。
卒業論文との日程関係など、カリキュラムの仕組み上、
不幸なことに最終的なプレゼンにかける日数は5日も無いとのこと。
物理的な時間の少なさがクオリティに影響するのは当然だ。
この点は大学が改善すべきである。

しかし、私は違う観点から不満を感じた。
「問い」と「答え」の近さ。。。とでも言うべきか。
例えば。
「雨漏りの不安から完全に解放されるには?」という「問い」に対し
「屋根を完全につくりなおす」という「答え」はあり得るが、
これでは「問い」と「答え」が近すぎて提案とはならない。
では、こんな「答え」はどうだろう。
「天の恵みである雨を楽しむために、屋根に大きな穴をあける」
馬鹿げてはいるが、自然と人の距離についてのメッセージは感じる。

当日、私はプレゼンの多くに、この「問いと答え」の近さを感じた。
世界を変える発明や提案のほとんどは、「問いと答え」の途方もない距離からスタートする。
それがその後の人生を左右する。
千里の道も一歩から。念ずれば、いつか叶う。by野村克也

正直言うと、我々pbVの日常業務の大半は「問いと答え」が近いところで凡庸な仕事をしている。
しかし、それを何とか数ミリでも遠くに押し広げようとモガく。
なぜか?それはマンネリや手堅さから事業を開放し、アイデアとウィットをカタチにすることで
笑顔や平和や更なる益を産み出したいからだ。

本来は支離滅裂なくらい、「問いと答え」が乖離しているはずの卒業設計が
この様な手堅さに支配されているのはなぜか?
どうすれば卒業設計本来の「?と!」のイキイキとした距離感を取り戻せるのか?
ここに、途方もない距離を感じたのである。N.F

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