Keanuの戦略


20世紀も終わるころ、キアヌ・リーブスは「マトリックス」で映像のデジタル編集を経験した。
そして10数年後、彼は「サイドバイサイド フィルムからデジタルシネマへ」を自ら制作する。
デジタル技術により撮影や編集が劇的に変わった。

ざっくり3点あげると。
・フィルムの購入費や輸送費がかからなくなった。
・フィルム交換不要のため撮影時間に制限がなくなった。
・カット割りやカラーリングなど編集パターンが無限大に広がった。

“職人気質が多いフィルム派”の監督やエンジニアのご意見は。。。
「現場から緊張感が消えた」
「撮影素材が膨大になったことで、編集に迷いが生じる」
「デジタルなんて映画じゃねえ!」

“進取気性のデジタル派”のご意見は。。。
「お金がなくても映画がつくれる」
「技術的な選択肢だ、恐れることはない」

その後デジタルカメラの技術開発が進み、
「カメラのようなパソコン」や「カメラのような電話」がうまれた。
その結果、映像は誰でも手軽に撮影発信できるようになり、
アプリやサイトを開いたら溺死しそうなくらいの映像が溢れだす。

映画の終盤は、ある巨匠の言葉でくくられる。
「すべての人間が紙とペンを手にしたからと言って、いい物語が増えるわけではない。」
「技術的な手段が大切なのではなく、物語をつくる情熱が大切なのだ!」


私も日々の仕事を通じてこう実感する。
職人気質か進取気性かは問題ではない。
むしろ問題なのは、手軽さの生み出す弊害だ。
情報を膨大に拡散し、反応速度とウィットと忖度が求められ、
議論の深さを回避し、審美眼を鈍らせる。。。
格差と貧困を助長し、争いを誘発する。
やがて、川は枯れ、山は死に、海は荒れ狂い、大地が割れる。。。。
。。。なんの話しでしたっけ??
Keanuの戦略、深すぎます。 m(_ _)m
N.F

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