大きすぎる作品 その2


私には俳句や和歌についての心得はない。
しかし「奥の細道」で詠まれた句はよく知っている。
文言だけを覚えているのではなく、詠まれた風景も一緒にインプットされている。
それは句が冒険紀行文の中で読者が見たい「ショット写真」の様に扱われているからだ。
江戸深川を出て、仙台・新潟・北陸を巡る5カ月に及ぶ大冒険。
現代の編集者なら、文章に加えて当然ヴィジュアルインパクトを挿入したくなるところだ。

美しい(だけの)句、納まりの良い(だけの)句、洒落の利いた(だけの)句、スキルフルな(だけの)句
を求める当時の風潮に吐き気がした芭蕉のとった戦略は
作品としての句を捨て、紀行文全体を大きな句に化けさせることだった。
当時まだ未知なる東北へのダイナミックでスリリングで切ない冒険こそ、
芭蕉が伝えたかったことなのだ。

俳諧と土木事業における成功の絶頂期、芭蕉はなぜか江戸下町深川のpoorな家に引っ越した。
庭の古池に入る蛙を眺めながら、大冒険紀行文のシナリオを練りに練った(そうだ)。
ルート、名所の位置、出会うべき風景、詠むべき句・・・
なんと冒険に出る前から、展開はデザインされていたのである。
poorな縁側で池の蛙をじっと見つめていたからこそ、手に入ったアイデアなのかも知れない。
「大きすぎる作品」づくりの始まりである。
N.F

大きすぎる作品 その1


画家にとっての作品は絵画で、映画作家にとっての作品は映画だ。
それぞれの作品を通して作家は自らの思いを表現しようと精進する。
しかし、表現したい内容が壮大すぎて、作品形式自体の伝搬力に限界を感じたらどうだろう。
おそらく普段作りなれた形式を捨て、不慣れだが効果的な方法を模索し始めるしかないだろう。
そう。それが「大きな作品」の始まりだ。

フランスの映画作家トリュフォーは、1960年代初頭の映画について、
「映画づくりの原理」が見失われていると感じる。
そこで「原理」の奥義を引き出すべく、
生涯に53本の作品をつくった老匠ヒッチコックに
10時間×5日間という「取り調べの様な」インタヴューを試みる。

1.製作背景は? 2.シナリオの組立は? 3.演出上の課題と解決策は? 4.自己評価は?
各作品について同じ問答を延々を繰り返すうちに、
派手なストーリーやセリフや音響がなくても「映画は映像のみで語り得る」という当たり前の事実が、
老匠の言葉を借りて、わかり易くかつ刺激的に浮き彫りになる。
このインタビューは「取り調べ調書」の様な本として出版され、現代映画作家のバイブルになる。
スコセッシもフィンチャーも黒沢もアンダーソンも、この「取り調べ調書」に夢中になった。
トリュフォーはインタヴューという形式を、語り手任せのヒアリングではなく
「映画づくりの原理」を伝えるための強い意図をもった「大きな作品」として扱ったのだ。

「取り調べ調書」をバイブルに化けさせるという発想と勇気と行動力にこそ学びたい。

世の中にはジャンルを問わず「作品」が溢れかえっている。
自分から美術館や映画館に出向かなくても、FBなどから日々色んな作品がこちらを訪れてくれる。
しかし「大きな作品」に出会うことは稀である。
いや、おそらく大きすぎて見えないのだ。N.F