内なる孤独

旅の空間.jpg

「じゃあ、また10年後に!」
夕暮れのホームで、そう言い残して、友人は特急に飛び乗り自分の住む町に帰って行った。
 
旅人は私の方なのに、異国の駅舎にポツンと取り残されてしまった。
閑散としたホームで、空腹と疲労からか、言い知れぬに孤独感におそわれた。
 
「ビールでも飲もう。」そう自分を鼓舞しながら、前方に目をやると
アーチ状に続く屋根が私を包み導いているという感覚が芽生えた。 
立ち止まっていた私は再び淡々と歩みを進めることが出来た。
- つづく
 
 
あまりに凡庸すぎる私小説風になってしまったが、事実だ。
現在取り組んでいる老人の家。
全体をどのようなイメージでとらえるべきか、
悩み続けてきた。
 
若輩で仕事に追われる私には、日々淡々とした暮らしをおくる老人の「内なる孤独」を
実感するのは難しい。
 
もちろん建築的施設的に立体化することは可能だが、それでは「内なる孤独」の
輪郭を捉えることはできない。
 
本屋でふと手にした雑誌「Casa BRUTUS  世界の名作鉄道」を眺めていたら
冒頭の孤独の記憶が覚醒され、胸に痛みが走った。
 
そして旅先での「内なる孤独」から私を導いてくれたのがアーチであったことも
鮮明に蘇った。
 
老齢ではなくても、日々の中で遭遇する「内なる孤独」は誰でもあるはず。
それに向き合うことが出来れば漸進のキッカケはつかめる。
老人も「内なる孤独」を抱える旅人と同じなのだ。
 
これでかなり頭が整理された。
視線やコースを限定し、「内なる孤独」を包み込み
進む方向を示唆する建築形式、それがアーチなのである。
  
小説家としての才能が一切ないことは内心では自覚しつつも、
「内なる孤独」をかかえる表現者であり続けたい。
 
写真左はミラノ中央駅ホーム。私の「内なる孤独」が記録されている。
写真右は老人の家の模型。食堂を包むアーチ。
N.F
 

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