「制限」解除/SIL(NTT Small office reform/ Asahikawa/ 2020-2021 )

SILとはスマート・イノヴェーション・ラボの略で、NTT東日本が展開する事業名である。
直訳すると、、、冴えた・技術革新を促す・実験室。となる。

旭川中心市街地の劇場やホテル、商店が複合する「ザ・昭和のビル」の一角にある20坪の小部屋で
子供向けのプログラミング教室やスモールコワーク利用や館内のe-スポーツスタジアムとの連携を行う
設計から完成まで1.5カ月・・・

プログラミング、スモールコワーク、e-スポーツという「実験」がカタチにどう関わるのか?
考えに考えたが確信や実感が持てなかった。
しかし一方で設計期間や工事条件に関する厳しい「制限」をどう解除するかを思案するうちにある結論に至った。

コンセプトは早い、巧い、安い。

これは我々が培ってきたリフォームの鉄則でもある。
① 早い → 工場で作ったピースを現場で素早く設置
② 巧い → ありふれ過ぎた素材に「命」与える技術
③ 安い → 早くて、巧い。。と来たらもちろんコレ

・・・知的なコンセプトとは程遠いが、「制限」を解除する我々の経験やスキルを総動員した結果、
こんな風になった。


減量から筋トレへ /kro 積丹 (Vacation meeting&Gin bar / Shakotan / 2016-  )


自らの石の重みで倒壊しそうになった石蔵を、補強ではなく減量という方法で何とか救い留めた。
その結果生まれた「明るい石蔵」という矛盾と魅力を持つ空間はどんな用途にも使えそうに見えた。
しかし、それがむしろ漸進を阻んだ。使用方法に決心や覚悟が伴わないのだ。
それから3年経つうちに、積丹半島でオリジナルジンの蒸留が始まった。
淡い光に満たされ音が良く響く石蔵は、最低限のフレームを入れることで
ジンと音楽と仕事と遊びの拠点として使われることになった。

倒壊危機 → 減量 → 筋トレ

ここまでに約5年の歳月がかかった。
筋トレの次は?
もちろん実戦だ。

長くて高い空間/旧久保内中学校玉ねぎ加工場(Onion processing plant/ Sobestu/ 2017- )

この地域で生まれた大量の玉ねぎは、かつての中学校で「選別・貯蔵・皮むき・焙炒」のプロセスを経て育ち
この地域から巣立っていく。
新旧の建築が一筆書きの様に複雑に連結され、その中をフォークリフトが動き回り、玉ねぎが積み上げられるのだ。
この長~くて高~い空間を、風雪や熱や光から守ることが我々の使命である。
「この仕事は簡単じゃないよ。うまく俺たちを活かせるかな?」
長い間子供たちを見守って来た大時計は、今は現場を見張っている。

「ふる里」の理由2/居酒屋ふる里(public house/ Sapporo/ 2012-2020 )

「ふる里」の活気は「手間と情報」が震源だ。
だから建築的なアイデアは不要だと感じていた。
しかしそれは間違っていた。
整理が必要な大量の「手間と情報」のほうこそが、建築を必要としているのだ。

以下が2012年の取り組みの要点である。

一つ、通りから店の奥までよく見えること。
一つ、店の守護神に降臨してもらうこと。
一つ、手間仕事を集約すること。
一つ、日々の品書きを主役にすること。
一つ、舞台役者を引き立てること。

2020年へ続く。

「ふる里」の理由1/居酒屋ふる里(public house/ Sapporo/ 2012-2020 )

水産会社が経営する居酒屋ふる里は、40年(ほど)続く地域密着店である。
マニアや追っかけ的常連の「漁礁」の様なお店の改装は
大変だろうなー。難しいだろうなー。
依頼が来たら逃げるしかないよなー。
そんことを思いながら無名の客として飲んでいた。
しかしわからないもので、2012年と2020年の2回にわたり漁礁に「メス」を入れるはめになった。

この仕事の難しさの本質は何か?
それはこの店の魅力の発信源が「手間と情報」であり、
「建築的なアイデアや構想力」はほとんど必要とされてなかった点にある。
しかし、本当に必要とされていないのか?
この問いから長ーい試行錯誤がはじまった。



そして「手間と情報」の決定打はこれである。

本物のニセモノ/小林牧場ミルクプラント(Milk processing plant/ Ebestu/ 2018- )

料理の味見でいつも「何か足りない」と感じる方。
衣服の試着でいつも「何か足りない」と感じる方。
貸家の内覧でいつも「何か足りない」と感じる方。
もしあなたがモノづくりに従事する人なら「面倒くさい」人かもしれない。
「何かを施そう」とするからだ。

ここに安価な外壁材がある。表面は板の様だがニセモノだ。
しかしニセモノであることが問題ではない。
大問題は「何か足りない」と感じてしまったことなのだ。
何が足りないのかは、建材の全長を眺めてわかった。
「本気のニセモノ感」がないのだ。
「ニセモノとしての心構え」が希薄なのだ。
「死に物狂いのホンモノ気取り」が、、、
良く判らなくなってきたが、つまり立派なニセモノに育てるために魂を注入する必要があるのだ。

そこで旧知の凄腕にたのんで「注入」してもらった。
凄腕の刷毛裁きは、平面を立体に、樹脂を錆鉄に、新材を古材に化けさせる。

貼るとこんな感じだ。

ホンモノの素材を使いながら、ニセモノの悪口をいうより、
ニセモノに本物の魂を注入してやることの方が、よほど慈悲深く誠実であると言えまいか。
言ってもいいのではないか。
言ってもバチはあたらないのではないか。。。

光ろ過2/空知建設会館(office renovation/Iwamizawa/ 2020 )

「光をろ過する」とはどうゆうことか?
この面白そうな言葉に負けないよう、追い越されないよう、お遊びにならないよう、
そして確かな道具に出来るよう、問い続けなければならない。

これは8世紀前の教会の窓からの光。あまりに有難い。暗くてカメラで撮れないので手で描いた。
丁寧にくり抜かれた石の表面を伝いながら入って来る光は、
外の曇り空で感じた光とは違って「有難く」見えた。なぜだろう??立派な教会だからか???
この教会の石は非常に硬くて重く、建設には途方もない時間と労力と人命を要したということだ。
だから、窓を丁寧にくり抜くという作業は熟練石工にとっても修行だと言える。

私に描かせたのでは光の美しさではなく、石の表面に刻まれた仕事の質の高さだったのである。
物質の表面を伝いながら、ろ過されるのは光ではない。
恐ろしいことに、仕事の質が光によって顕わにされるのだ。

つまり、光が人間をろ過する。
なんと、恐ろしい結論。

そんな理屈をこねている間にも、現場では丁寧な光のろ過作業がすすむ。

石をピンポイントでクリ抜いて、格子の下端と床に隙間をつくることで、
光が伝い、そこでもこの現場の非常に丁寧な仕事の質を顕わにしている。

野菜で賑わえ2!/旧久保内中学校玉ねぎ加工場(Onion processing plant/ Sobestu/ 2017- )

点前左が旧校舎、点前中央が旧体育館、その向こうに貯蔵施設と加工場が並ぶ。
かつての学び舎は自分よりずっと大きな建築で包囲され、
校庭はトラックヤードとフォークリフトラインで埋め尽くされる。
農業者と企業と連携して創り出す21世紀の田園風景。
この廃校中学校の未来は子供ではなく、野菜でにぎわうのだ。絶対に。

Making of DRIVE/北海道新聞社DRIVE(co-work&share-office /Sapporo/ 2019- )

このプロジェクトの目的はアイデアや行動を生み出すための「密度」を創ることだ。
居心地の良い密度を演出するためには、デザインが偏った方向性を持たないことが重要だ。
年季の入った床や壁、
新しく持ち込まれた建材
2018年北海道胆振東部地震で倒壊した民家の床材
新聞印刷用のアルミ刷版
今風のオフィス家具
グラフィック、生け花などのアートワーク
新しいもの、古いもの、
デザインされたもの、気まぐれやアドリブできたもの…



















重心2/小林牧場ミルクプラント(Milk processing plant/ Ebestu/ 2018- )

これは牛ではなく建築だ。
人や牛の視線、風や雪や紫外線、原生林からの伏流水にさらされながら、
広い広い平原の重心に置かれたお店とプラント。
しかし、そこが重心かどうかは完成形を確かめないと誰も解らない。

お店とプラントの屋根は風雪や伏流水をかわすため、大きく二つに分けられて互いに直行している。

お店部分の屋根の下には売店とカフェが入っている。


繰り返すが、そこが重心かどうかは完成形を確かめないと誰も解らない。