蘇る石造倉庫 /kro 積丹 (Vacation meeting / Shakotan / 2016-18)

長い長い熟考期間と難工事を経て、この小さな石蔵は蘇った。
自重で崩壊寸前だった端部の石を取り去り体重を軽くする、、、
そんな単純なアイデアに行きつくまで2年弱を要した。

 

この半島にジンづくりの拠点をつくろうとしているチームのイベント。

真ん中の白い柱は「空気の樹」。

瀬戸内国際美術展で活躍したもので、アーティストの織咲誠さんから譲り受けた。

4年越しの解決 /札幌中央図書館Ⅱ (Library renovation / Sapporo / 2018)

2014年4月に完成した中央図書館の改修は、家具工事のみで
閲覧室全体をユーザー目線で便利にする難しい仕事だった。
結果としては入館者や貸し出し数が3割アップするという「勝ちゲーム」だった。
しかし、1カ所「負け」があった。

どんなに混んでいる日でも、ここだけはガラガラだった。
この「負け部分」について、多くのヘビーユーザーに意見を聞いてみた。
「座ったときの無防備な感じ」
「目の前の雑誌書架に惹かれない」
だいたいこんな反応だった。そして納得した。
それから無人の席を見かける度に後悔と反省の日々が続いた。

しかし4年後、再試合の機会が訪れた。
やるべきことは単純明快だった。
座席の無防備さの解消。マニアックな雑誌書架を魅力的に。


かくして4年越しの再試合に勝つことができた。

「痛いの、飛んでけ」の設計 /奥田歯科診療所(dental clinic/ Higashi-osaka/ 2006-2018)

歯を削る音や痛みは苦手だ。子供の頃の拷問の様な記憶がよみがえる。

設計のテーマというのは、つねにわかり易く、つねに見失わないくらいの方がいい。
ということで、ミもフタもない表現であるが、
このプロジェクトのテーマは「痛いの、飛んでけ」の設計。

部屋の輪郭や光のあつかい、素材や色のバランスなどの案出は
「痛いの、飛んでけ」「痛いの、飛んでけ」とつぶやきながらの作業となった。


壁と天井の境界、部屋と部屋の境界、自然光と照明の境界、素材どうしの色の境界
あらゆる境界をボカして、痛みの飛んでいく道筋をたくさんつくった!
つもり。
ちなみに治療ユニットのうがい用のボールの色が赤いが、それも「痛いの、飛んでけ」
のためのクライアントのナイスアイデアである。

ブラタモリ風街並み解釈 /奥田歯科診療所(dental clinic/ Higashi-osaka/ 2006-2018)

東大阪市の若江岩田、古風な街並みに置かれる歯科クリニック。

敷地は道路に対し約30度の角度を持っている。

従って敷地は台形になる。

可能な限り沿道に顔出しするように考えると、

台形の敷地に台形の建物をスッポリはめる。。。


ここで沿道の建物に目をやると、道と建築のマッチングに苦戦の跡が伺える。

上から見ると、なんと道路と敷地の角度が様々だ。これが苦戦の原因だ。


なぜ、こんなことになっているのか。。。

さらに上から目線になってみると、、、


ここからナレーション

7~8世紀の頃、畿内(京都、大阪、兵庫、奈良)には5つの有力な国がありました。

山城国(京都府) 和泉国(大阪南西部) 摂津国(大阪府北中部兵庫県東部) 河内国(大阪府東部) 大和(奈良県)

奥田歯科診療所がある辺りは河内国の中心で、周辺の国を結ぶ街道の結節点にあります。

そして生活インフラである菱江川の蛇行も町割に影響を与えているのです。(現在は緑道になっている)

昭和になって国道や幹線道路が東西南北に真っ直ぐに惹かれることで、旧街道や川の蛇行線との間に

より複雑な町割りが誕生したのです。

その街並みを歩いてみましょう。



いかがですか?

かつての街道の面影や迷路の様に連続する家々が現在の若江岩田の特徴であり魅力なのです。

ブラタモリ河内国編 終わり。

完全に苦戦の背景を納得し感心した我々は、角度を持った道と建築のマッチングと向き合う。

交換する丘 /緑と語らいの広場(complex/ Eniwa/ 2017-2018)

法律上、2階から降り口の離れた二つの階段が必要だった。

二つの階段をX型に束ねて交叉させると、「降り口の離れた」という条件をクリアした。

階段ではなく「丘」にならないかと考えた。左右上下に風景の変化を発見しながら登る丘。

模型では丘っぽいが、このままでは人が丘の途中で落下してしまう。風景の変化を損なわずに安全策も講じたい。


思案の末、細かい鉄を編んだカゴを階段にかぶせてみた。メッシュ状の書架からは向こうが透けて、風景の展開が感じられる。書架は階段側からも使えるから、本も丘の風景の一部である。

階段中央の踊り場の真下が図書館の入口だ。

だから階段にある本は図書館のものではなく、寄贈によるものだ。

この丘は貸し出しを管理する図書館ではなく、利用者自らが育てるブックトレードの場なのだ。

緩くて長い溝 /緑と語らいの広場(complex/ Eniwa/ 2017-2018)

街のメインストリートから公園に抜ける100m余りの道が建物に沿って設けられている。

庇は歩道や駐車場に水や雪を落とさないために、それ自身が樋として考えられている。

庇は工場の屋根に使う折板を長手方向に使って、それ全体を排水ための面的な樋にしているのだ。

だから水は横にこぼれない。

雨水はいったんWの谷部分に集水させて、たて樋から地中に排水している。

柱もなく、自転車も快適に走っている。


そして抑揚のある庇の下を歩くと「ある感覚」を経験する。

連続しているのに異なる部屋をくぐり抜けて行く感覚。

日本建築で言うと、欄間の下を歩んで奥に向かう様な。

抑揚のリズムと建物への入口をリンクさせて、無言のサインになればとも考えた。

大人は文字サインがないので迷うが、子供は本能的に入口に吸い込まれていく。

庇もまた人の本能を導く「緩くて長い溝」なのだ。

長い樋⑤.jpg

「?」 VS 「!」/緑と語らいの広場(complex/ Eniwa/ 2017-2018)

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このプロジェクトは中身がたくさんあって楽しそうな企画である。

図書館、コンビニ、放送局、フィットネスジム、テニスコート、屋内広場、地域支援センター、、、

室名を紙に書いてハサミで切り抜き、机の上に並べてみるだけで出来事は起こりそうだ。

でもそれでは芸も能もない。何が必要なのか?何をつくるべきなのか?

・・・なのか?・・・なのか?

そう繰り返すうち「?」に翻弄される快感が芽生えた。

かくして答えは見つかった。!   「?」をつくるのだっ!

 

1年数か月がたち、2018年4月1日開館記念日を迎えた。当日の朝、エントランスをくぐると、、、、「?」と出くわした。

Qを求めて②.JPG

「?」を求めて③.JPG

「?」を求めて⑤.JPG

「?」を求めて④.JPG

本棚と言えば本棚。手すりと言えば手すり。壁と言えば壁。

しかし使えば使うほど、使い方を考えさせられるもの。

それが「?」だ。

開館当日の訪問者の表情は「面白いー!」というより「?」だった。

さあ、試合開始だ。

タイムアップのない「?」と「!」の熱戦がはじまった。

減量2 /kro 積丹 (Vacation meeting / Shakotan / 2016-)

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内部から支えている木の骨組みだけ残して、沈下している部分の軟石をはずした。

中に入ると、、、

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建設以来、ずっと暗かった石蔵に光が射しこんだ。

そして再び外側から壁を貼る。

とにかく軽量な壁。

サランラップで包みたいくらいだが、、、

軽量×耐水×耐風圧×安価=ポリカーボネート中空板22mm+カラマツ板材12mm

となった。

ポリカは国内メーカーから調達すると250万円。

生産地イタリアから台湾経由で輸入すると70万円。

なぜそうなるかはさておき、こんな感じになる。

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映像の世界/積丹半島PRムービー「超・過疎化力」(blanding/ Shakotan / 2017)

七転八倒、艱難辛苦、呉越同舟、孟母三遷、蒙古襲来、、、

とにかく苦しんだ末に完成した5分の映像。

3000カット余りのスチールと十数時間に及ぶビデオ。

無限の展開が可能なはずの情報量のうち99.9%を断捨離し完成した。

写真家、音楽家、映像作家の協力を経て

映像の世界の深さ、難しさ、楽しさを十二分に満喫した6か月間だった。

映像の世界①.jpg

映像の大半は半島の自然や暮らしを紹介するものだが、途中に建築の変身をテーマにした

十数秒が挟まれる。

スチールとグラフィックと音楽とテロップを合成してつくったものだ。

木造の鰊加工工場、コンクリートブロックのサイロ、鉄骨の牛舎。

近代産業の遺物が変身するくだりである。

映像の世界②.jpg

映像の世界③.jpg

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数コマの連写で、瞬時にそして少し乱暴に建築のロケーション・サイズ・素材感・アクティビティを伝えるためには有効なプレゼン方法だと思った。

 

しかし、3Dだろうが4DだろうがVRだろうが、最終的には2Dのスクリーンに投影される

映像の世界はつねに可能性と限界が隣り合っている。

閃きや感性がなければ創れない、厳しい世界だ。

この魅力的で危険すぎるヌカルミを卒業し、建築の世界にもどる時間が来た。

 

content/緑と語らいの広場(complex/ Eniwa/ 2017)

見世①.jpg店をミセと呼んだ時の語源は「見せ」。

店をタナと呼んだ時の語源は「棚」。

「店=見せるための棚」となるが、これを乱暴に再解釈するならcontent。

隠したい中身ではなく、積極的にひけらかしたい中身。

 

このプロジェクトには図書館やフィットネス、コンビニ、保健センター

など様々なcontentが入る建築である。

一方、この建築物は駅前通りと公園をつなぐ約100mのバイパスにもなる。

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庇の下の歩行空間には人の目線に合わせた窓が並ぶ。

そこを歩くと、、、

見世④.jpg

 ルームランナーやハングバーと格闘する人たち

 ヨガで汗だくの人たち

 マガジンやフードを物色する人たち

 勉強にいそしむ人たち

 まちづくりの準備をする人たち

 検診車に列をなす人たち

が格子状の窓から断続的に見える。

 

消費プレッシャーをあびる大都市の商業空間ではcontent は「商品やインテリアデザイン」だが、

地方都市においてcontent は「人々が何かに向き合う姿そのもの」である・・・

と直感するがそれはなぜか!?!????

じっくり考えてみたい問いである。