生け捕られた景色/小林牧場ミルクプラント(Milk processing plant/ Ebestu/ 2018-2021 )

「窓をつくることは、景色を生け捕ること」             絵 エドワード・ホッパー「小都市のオフィス」1953

 

私が好きな窓、その1
自宅の窓から見える「生け捕られた景色」
ビルの背中ばかりで街の様子は全く見えない。
宙に浮かんだ中庭。

 

私が好きな窓、その2
オフィスから見える「生け捕られた景色」
街の様子しか見えない。
電力会社の不愛想なビル、銀杏の木、まぶしそうに歩く人。

 

私が好きな窓、その3
行きつけ居酒屋2階の特別室から見える「生け捕られた景色」
商店街のくたびれたアーケード、業態不明の渋いお店、ほろ酔いで帰路に就くカップル。

 

小林牧場の広い敷地に向こうには深くて濃い原始林が見える。
これをどの様に「生け捕るべきか」

最終的にはこの様に「生け捕った」

美味しいソフトクリームを片手に、カウンターに肩ひじをついて、少し背中を丸めて、視線を上げれば
「生け捕られた」生きのいい景色が横たわっている。

本物のニセモノ/小林牧場ミルクプラント(Milk processing plant/ Ebestu/ 2018- )

料理の味見でいつも「何か足りない」と感じる方。
衣服の試着でいつも「何か足りない」と感じる方。
貸家の内覧でいつも「何か足りない」と感じる方。
もしあなたがモノづくりに従事する人なら「面倒くさい」人かもしれない。
「何かを施そう」とするからだ。

ここに安価な外壁材がある。表面は板の様だがニセモノだ。
しかしニセモノであることが問題ではない。
大問題は「何か足りない」と感じてしまったことなのだ。
何が足りないのかは、建材の全長を眺めてわかった。
「本気のニセモノ感」がないのだ。
「ニセモノとしての心構え」が希薄なのだ。
「死に物狂いのホンモノ気取り」が、、、
良く判らなくなってきたが、つまり立派なニセモノに育てるために魂を注入する必要があるのだ。

そこで旧知の凄腕にたのんで「注入」してもらった。
凄腕の刷毛裁きは、平面を立体に、樹脂を錆鉄に、新材を古材に化けさせる。

貼るとこんな感じだ。

ホンモノの素材を使いながら、ニセモノの悪口をいうより、
ニセモノに本物の魂を注入してやることの方が、よほど慈悲深く誠実であると言えまいか。
言ってもいいのではないか。
言ってもバチはあたらないのではないか。。。

重心2/小林牧場ミルクプラント(Milk processing plant/ Ebestu/ 2018- )

これは牛ではなく建築だ。
人や牛の視線、風や雪や紫外線、原生林からの伏流水にさらされながら、
広い広い平原の重心に置かれたお店とプラント。
しかし、そこが重心かどうかは完成形を確かめないと誰も解らない。

お店とプラントの屋根は風雪や伏流水をかわすため、大きく二つに分けられて互いに直行している。

お店部分の屋根の下には売店とカフェが入っている。


繰り返すが、そこが重心かどうかは完成形を確かめないと誰も解らない。

重心/小林牧場ミルクプラント(Milk processing plant/ Ebestu/ 2018- )

フットボール場20面。
奥に見えるのは太古の森。
右手木立の向こうは、前地主がつくった酪農建築群が隠れている。

中を覗いてみると、煉瓦、木、鉄、コンクリートを駆使した迫力の無人空間が佇んでいる。

この広い土地にヨーグルトやソフトクリームの製造プラントとショップをつくるのだが、、、
敷地が大きすぎて、建物配置がむずかしい。

腐心の末、太古の森を遠望し、片側に酪農建築群をチラ見させ、
それでいて道路からも発見できるという絶妙の「重心」が見つかった。
その重心の効果を引き出すような建築上のアイデアが出るかどうか。。。