Kro 積丹の最近のブログ記事

石蔵の真向いにある旧ニシン番屋を茶店として開店させることになった。

我々は、石蔵のクライアントでもある地元の方々から、 家具配置についての相談を受けた。

 

我々のアイデアは、番屋を歴史遺構という難しい立ち位置から救出し

「合宿が出来るミュージアム」として「会議が出来るミュージアム」にすること。

 

そのためには舞台セットが必要だ。

町の郷土資料室に何度か通った。 舞台セット1.jpg

どれも御役目を終えた道具や調度ばかりだが、置かれるTPOが変わることで

パワフルな舞台セットになることを直感した。

地元の方と協力し、たくさんのお宝を拝借することになった。

 

この日は朝から、舞台セットの搬入日。

如何にも「番屋の遺産でございます」的なアイテムには容赦なく消えて頂いた。

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数時間の格闘の末、なんとかカタチになった。

 

2階の合宿ルームがこちら。

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たくさんの箪笥を動かせば寝床のパーティションになる。

自由な陣取り合戦の武器。 

 

こちらは茶店。昔のスナックの椅子と資料室から借りた大切な臼のテーブルが対になっている。

舞台セット4.jpg

 

車座で会議が出来るミュージアムのためにはベンチが必要となった。

ベンチはさすがに郷土資料室にないので、つくることにした。

屋根裏で眠っていた古材に、目が光った。

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厚さ4センチほど、幅30センチほどの材料から、効率よく寸法取りし

スタッキングできるように考えた。

凄腕の職人さんが、あっという間につくりあげた。

長椅子.jpg

 

設計というより、選定・編集・労働ともいうべき業務内容は新鮮だった。

しかも、拾ったもの、借りたもの、見つけたもの、でつくる空間は

ほとんど、わらしべ長者。

トンカンやらなくても十分に建築的な仕事だった。

 

この古い石蔵の活かし方について、二つの面から検討しなければならない。

それは運用と設計。

この二つを混同してはいけない。両者は殆ど無関係。

運用については、地元の所有者の方々や我々のブレインとの議論の積上げ中である。

しかし設計については、論より証拠、つまり実感できるアイデアこそが重要なのだ。

 

外壁は厚み15センチの軟石である。

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しかし中に入ると木造であることがわかる。 Hiraku②.jpg

 

木骨石造といって北海道では一般的な工法で、

木の構造体に石が外側から張り付いている。

 

調査をしていると外壁の一端が数センチ沈下していた。

それに伴い、石にも隙間が出来ていた。

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その部分を内側から見ると、隙間から光が射している。

閉鎖的で暗い石蔵が、そこだけ「呼吸」しているようだった。

 

 

これは「サイレントスペース」というお気に入りの写真集で古い蔵や納屋がたくさん記録されている。 

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壁が解体された木造納屋と屋根が焼け落ちた石蔵の写真があった。

実際使うには不便だが、閉じた空間が開かれたときの魅力は伝わって来た。

 

閉じられた箱は、開けたくなる。。。

「町から石蔵を譲り受けた。活用したい。」

町の将来を想う有志の方々からの相談は、最初はこんな内容だった。

 

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車で2時間。その蔵の佇まいは忘れ去られた中世の修道院の様に簡素な印象だ。

我々設計事務所の悪い癖は、この時点ですぐにでも改修後の姿を絵にしたくなることだろう。

ダメよ、ダメダメ!

そんなことしても、出口どころか行き止まりが見えるだけだ。

 

手を動かすことを禁じ、事業企画チーム(町有志、事業プロモーター、宿泊トレンドの専門家)

をつくった。

そして客観的かつ冷静に、そして熱量をもってまずは「通う」ことに決めた。

 

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夏のキャンプとウニ丼の聖地としてしられている町だが、

数本しかない半島道路を走ってみると息をのむほどの風景に出会う。

季節や風景の上で我々がよく知っている積丹のイメージは完全に反転した。

写真はある漁港。キャンプとウニを求めている人は絶対に

出会わないところにひっそり存在する。

 

なんでイメージが反転するのか?その理由があるはずだ。

町の有志の方から出た「昔から湧水が美味しかった」という言葉が頭にひっかかった。

 

下の光景もこれまでのイメージになかった。

海も山も人の手が入り拓かれた痕跡があり、たくましい自然と共存しているのである。

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