見世①.jpg店をミセと呼んだ時の語源は「見せ」。

店をタナと呼んだ時の語源は「棚」。

「店=見せるための棚」となるが、これを乱暴に再解釈するならcontent。

隠したい中身ではなく、積極的にひけらかしたい中身。

 

このプロジェクトには図書館やフィットネス、コンビニ、保健センター

など様々なcontentが入る建築である。

一方、この建築物は駅前通りと公園をつなぐ約100mのバイパスにもなる。

見世③.jpg

庇の下の歩行空間には人の目線に合わせた窓が並ぶ。

そこを歩くと、、、

見世④.jpg

 ルームランナーやハングバーと格闘する人たち

 ヨガで汗だくの人たち

 マガジンやフードを物色する人たち

 勉強にいそしむ人たち

 まちづくりの準備をする人たち

 検診車に列をなす人たち

が格子状の窓から断続的に見える。

 

消費プレッシャーをあびる大都市の商業空間ではcontent は「商品やインテリアデザイン」だが、

地方都市においてcontent は「人々が何かに向き合う姿そのもの」である・・・

と直感するがそれはなぜか!?!????

じっくり考えてみたい問いである。

  

 

減量①.jpg この小さな石蔵には亀裂が走っている。赤い線がそれだ。

原因はすぐよこに流れる生活用水路の沈下である。

どんどん亀裂は大きくなり、赤線の幅は大きい所で3~4センチにもなる。

小さな石蔵でも、沈下を抑制するような補強をマジメに考えると、

コンクリートと鉄の ぎこちないギブスで全体を覆うことになる。

ギブスを避けるためには、沈下部分を壊して建物全体を小さくするしかない。

 沈下も抑えたい。。。

 でも補強を最小にしたい。。。

 でもでも規模を小さくするのもいやだし。。。

どんどん開いていく亀裂を眺めながら逡巡すること1年半。

ついに補強でも縮小でもない第三のアイデアが生まれた。

「減量」である。

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沈下エリアの石を丁寧にはずし体重を軽くする。

中の木の骨組みを露出させ、

透明の超軽量中空ポリカで覆う。

内部に控えめなギブスをつけた。

沈下は微量ながら進行しても、木の骨組みが変形に追従する。

 

約90年間、暗くてヒンヤリした石蔵の内部はこんな風だった。しかし、、、

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「減量」により解放された壁面から大量の光が差し込み、明と闇が衝突し融合する空間になる。

減量④.jpg

窓にも働いてもらわなくてはならない。

全国の「働く窓」を取材した。

 

 

江戸期の商家の窓。明らかに外敵からの防御のために働いている。

しかし、内側から見ると防火のために漆喰で白く塗られているため、光を拡散するためにも働いている。いいーねっ!

働くwindow①.jpg

 

 

これは日土小学校の窓。

防御の目的はもたない。漆喰で塗られているわけでもないので防火性もないし白いわけでもない。

しかし、連続する細い格子がうすいグリーンでぬられているため、内部は非常に柔らかい光に満たされる。白との違いはその場に行ってみないと実感できない。

働くwindow②.jpg

 

 

下は神戸の商業施設の窓。ガラスを支える柱の正面と奥のピースが黒と白で塗り分けられている。

つくられた時期も目的も違うが、前述の商家と小学校の例を重ねると、この窓がどう働いているかが理解できる。

働くwindow④.jpg

 

最後は昭和初期の建物のリニューアル部分の窓。

この窓も地味によく働いているように見えた。人気のカフェで、外の椅子で待つ人も多い。

さてこの窓がどう働いているか、想像してみてください。 ^_^.

働くwindow③.jpg

この複雑なプロジェクトを進めるにあたり、建築の各パートはそれぞれ大いに働いてもらわなくてはならない。

まず全国で「働く鉄」を取材した。

まず大阪森ノ宮のキューズモール。店舗やフットサルコートやランニングトラックが

鉄骨によって支えられたり吊られたりして、利用者はその存在にほとんど気付かない。

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働くsteel②.jpg

 

フットサルコートには柱がなく屋根だけが浮いているようにみえるが、、、

働くsteel⑤.jpg 実は上から吊り上げられている。人の視線から一歩下がって働く鉄の姿を目の当たりにした。

 

 

次は愛媛の日土小学校。

横揺れを防ぐ鉄のブレース。真ん中のリングがバッテンの要になってがんばる。

働くsteel③.jpg

 

でも近寄ると、、、前後ダブルになって、細い鉄筋が力を合わせてがんばっている。

鉄は引っ張っても、押し込んでも、捻っても、強いから使い方で役に立つ。

働くsteel④.jpg

目立たないけどwork rate の高さが鉄の持ち味なのだ。

 

野菜の駅竣工①.jpg二つの直売所が合体するまでに10年間の月日が必要だった。

我々が関わったのは直近の1年半。

記憶に残せない、いや残したくないくらいの嵐のような意見交換は単純すぎるカタチを生んだ。

野菜の駅竣工②.jpg

コストと面積と施工法のせめぎ合い、それに農業者直伝の環境克服技術がトッピングされ

シンプルかつコクのある仕上がりとなった。

前面の大きな庇の下は、特大のビニルカーテンで守られるようになっており、

イベントに来たお客さんや、開店待ちのコアファンを風雨から守る仕組みになっている。

野菜の駅竣工③.jpg

 

野菜の駅竣工⑥.jpg

このカーテンは牛舎用のもので、50mほどの長さのものでもハンドルで軽々操作できる。

足場用の鉄パイプは強風時のあおり止めである。

この土地は非常に風が強いので、さらに板を横に渡して防御を固めている。

そしてその板には出資した農業者の名前が守護神の様にペイントされている。

野菜の駅外観2.jpg

守護神というより、「来たお客さんは逃がしませぬ -_- 」的な意思表示というべきか。

 

内部は棚の面積とレジ動線に腐心した以外、何にも意図されたものはない。

野菜の駅竣工⑤.jpg

簡素さや建築的な仕掛けの無さは、もちろん新鮮野菜が容赦なく隠滅してくれる。

野菜の駅内観1.jpg

店内の一角に小さな家の様なテナントがある。

野菜の駅竣工⑦.jpg

出資者である町村農場とクレープメーカーとのコラボによるパイの新ブランドである。

農業倉庫としてなじみ深いギャンブレル屋根を アイコンにしている。

広大な原野には開拓時代からアイコンの存在が重要だった。

位置的な目印として、技術的進歩の指標として、がんばっている証しとして。。。

国道を挟んだ反対側は河畔林となっている。

木立越しに望むと、合体に要した10年の歳月が新しいアイコンを産み出しつつあることを実感する。 野菜の駅竣工④.jpg

 

 

漏斗1.jpg二つの直売所が一つに合体。

約50名の出資者である農家の方々には色んな考えや思いがある。

このプロジェクトが始まるときに我々の役割として「ロート 漏斗」という言葉が浮かんだ。

Goggってみると、、、

  粉体や液体を口径の広い部分に投入し、

  口径の狭い穴や筒から出す事で別の容器に効率良く移す為の道具

 

決して めった打ちされるサンドバッグではなく、ロートだ。この違いが大切。

毎回の打合せで発せられる多種多様雑多なご意見を、いったんは開いた耳から心に「投入し」

次回の打合せでは頭と手から計画案に「効率良く移す」、

そうゆう道具になろうと考えた。

1年半ロートに徹した結果、ようやく形が出来上がって来た。

そして我々のロートとしての役目はまだまだ続く。

漏斗2.jpg

完成間近になっても、容赦なく意見が飛んでくる。

ひとつひとつを理解し噛み砕き、一問一答的に即応することは困難だが、

自分がロートであると考えると、どんどん流し込める。

そしてそれは必ず一つの形に収斂するのだ。

漏斗3.jpg

幅20mの牛舎用カーテン、単管に支えられる販売台、落雪処理の屋根と壁の形状、

「赤=目立つ」というシンプルな発想、などなど

農業者の思いや考えは、我々というロートを介して、ひとつの建築に結実する。。。

はずだ。

いや、されるに違いない。

 

 

このプロジェクトは北海道/積丹半島/積丹町の移住定住促進動画の製作である。

積丹は国内屈指の低い人口密度と高い人口減少率を誇っている。

誇っている? いや、誇っていない。憂いている。もがいている。

しかし、自治体によるこの手の動画は世の中に溢れかえっている。

従って、設計事務所である我々がつくる意味が重要だ。

つまり、動画づくりのルールを一切しらない我々がつくる意味を実感しなければならない。

動画という疑わしい言葉を解剖しているうちに、すべてのムービーは

静止画の連続から出来ているという事実にたどり着いた。

連写0.jpg

写真家 星野麻美さんとともに積丹半島を静止画として「切取る」旅がはじまった。

2016年8月から2017年1月にかけ、撮りためたカットは6000枚になった。

連写①.jpg

次に考えたのは、どのようにカットを連続させるか。。。

一番単純なのは次のような方法だろう。

連写③.jpg

カメラを固定し、微妙に動く対象を連写する。

連続再生してみると、波の動きで中々近づけない恋人たちのジレンマが映し出されている。

 

次は、カメラを動かし、その間に対象を操作するという方法。

クレイアニメの手法である。

連写②.jpg

これは建築をヴィジュアルとして取り扱うのには可能性のある方法だ。

その他、時間や季節をまたいだ定点撮影、長時間露出などを試みた。

北海道映像記録社の協力で、ビデオによる動画も同時に撮影した。

素材は売るほど手に入った。編集に入れる。

と、ここまではよかった。

大きな問題がに気付いた、、、

動画づくりのルールを無視している我々の落とし穴、、

シナリオがなかったのだ!!!

かくして、地獄の日々がはじまった。

ヴォーリズは校舎のありとあらゆるところにグラフィックパターンを貼り付けた。

まるで呪文のように。

それらは無限に繰り返されても飽きないどころか、訪れた者への秘密のささやき

の様でもある。

 

我々はその「ささやき」を丁寧になぞることからはじめた。

写経という東洋の業を通じて、西洋の伝道の核心を体得する試みだといえる。

 

実際は、楽しいからやるのだが、、、

 

 

まずはステンシル(型抜き)によるパターン。

色ノリは均一だが、カタチと色と隙間がリズミカルだ。

 

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次はタイルワークによるパターン。

陶器であるため、焼成による色むらやグラデーションが活かされている。

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ウィンドウパターン。アーチを並列、相似、複合させて展開している。 

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色や形や素材を駆使して、ここまで多様なパターンを編み出すのはcrazyだ。

もはや、ささやきというより福音だ。

 

事業提案①.jpgコンペがあり、p.b.Vは企画設計の立場で事業チームの一員として参加した。

①市所有地を民間事業者が借りる②そこに建物をつくる③出来たフロアを市が賃貸する

というすこし複雑な関係のプロジェクトである。

土地は地域の永久資産、一方建物は期限資産という行政のコンセプトに基づいている。

 

企画設計チームの我々の役目は「ローコストで楽しい」を創り出すことだ。

そのために二つの方針をたてた。

・外形を単純にすること。→まるでジョイフルAK

・内部を複雑にすること。→まるで鶴橋商店街

 

図書館を中心に子供の遊び場、保健センター、地域活動支援オフィス、クッキングスタジオ

フィットネスクラブ、屋内運動場、コンビニが同心円状に連続する。

 

間仕切り壁は本棚になっていて、各ゾーンのゲートには関係する書籍が並んでいる。

子供の遊び場にはキッズ本、クッキングスタジオ前にはレシピ―本、、、というように。

 

事業的な効果、建築のアイデア、空間の運用力から審査され

応募3案から我々の案が採択された。

 

コンペはコンペ、提案がどこまで実体になるかはわからないが、館内を歩くとこんな感じである。

↓ ↓

  事業提案②.jpg

事業提案③.jpg

事業提案④.jpg 事業提案⑤.jpg 事業提案⑥.jpg 事業提案⑦.jpg 

白いお神酒.jpg

たくさんの農業経営者の方々と夜な夜な議論を重ね、ようやく地鎮祭にごぎつけた。

地鎮祭は通過儀礼とはいえ、つかの間の幸福感を与えてくれる大切な機会である。

杯の代わりに配られたのは牛乳瓶だった。

野菜の直売所といっても、この地には大きな酪農経営者の方々もいらっしゃるのだ。

 

白いお神酒2.jpg瓶にはsince1917と印字されていた。

この篠津の地に人が来たのは1881年。

前身の直売所の創業が1997 年。

1881年の頃の地図を行政のHPから借用すると、、、 白いお神酒3.jpg

新しい直売所の建設地は赤の矢印のところ。

このプロジェクトは、川を挟んだ二つの直売所の統合から始まっているが、

そのルーツがすでに地図には表現されていた。

1917(瓶印字)をながめながら

1881(村拓年)を夢想し

1997(創業年)がp.b.Vの創業とほぼ同じであることに興味を抱き

2016(統合年)がスムーズに運ぶよう祈った。