先住の民のcise(=住拠)の建設は1st Room(=原野)を強く意識することが起点となる。
あるじ自らが地勢や地縁に積極的に働きかけなければ、建設地も材料の調達もままならない。つまり環境や歴史に「commit(=関与)する力」が試される建築なのである。
そしてコミットするべき対象はkamui(=神)という不可視の存在にまで及ぶ。
コミットするためには対象を熟知し感じることが必要だ。
多くの経験や知識は無論のこと、何よりも不可視の脅威に対する感度が重要となる。
笹、葦、ぶどう蔓、シナ縄、はんのき、ミズナラ・・・自然環境にcommitすることで獲得できる素材たちは、幾百年を超えて正確に反復される建設方法を支えてきた。
長期に渡り反復出来たのは、先住民が「注意深いcommit」をしてきたからだろう。
建築物としてのciseは非常に脆弱である。 そしてその脆弱性は単なる物理的な耐久性という意味をはるか超える。
儀式として、主が亡くなると家は燃やされる。現物としてのciseは仮の姿であり、住人の消滅とともに不可視の脅威に向かって「返還」されるのだ。
ciseの恒久的仮設性は、不可視の脅威まで視野に入れた「注意深いcommit」の賜物なのだ。
「近代化」の恩恵に慣れた我々は、高度なモノづくりのコンセプトとして
強く、深く、注意深く「commit」する力を手中に納めなければならない。