2009年11月アーカイブ

機能する遺構

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テシオは、伝説の遺構のようである。

明治中頃より、ホッカイドウの内陸で切り出した木材はテシオ河を下り、日本海から本州や朝鮮へと送られた。テシオの街は水運上の要所として、河口に寄り添うように構想された。
それゆえこの街は、非常に機械的な構造をもっている。川を下って来た大量の木材を河口に一時蓄え、そして海原へ送り出す。資材搬送の効率性がそのまま都市の骨格になったのだ。町並みや風景をデザインするなどというリッチな意図は見当たらない。

1000m×500mの広がりに引かれた格子状の道。ホッカイドウでは見慣れた街のつくりである。しかし機械のような骨格が、原野と河川と海の併走するスキ間に忽然と納められた様は、他に類をみない。

街をみじか手方向に移動すると、西端では大河川越しに日本海の潮音を聴き、東端では広大な原野への消失を予感する。驚くべきことに、この振幅の中に現代生活が成立しているのだ。                                  

1st Room=原野に人がはじめての都市を築くとき、テシオのように生活の糧となる産業インフラの効率ゆえ機械的なつくりとなる。しかしそのことで、地勢や自然環境と人間の生活のダイレクトな関係性が生まれる。
                                                                   
この街にいると1st Roomと自分のつながりを、常に意識することになる。
材木も石炭も需要低迷し、テシオの人口は減少し続けている。しかし産業近代化の過程で超合理的につくられた都市空間を歩くとき、我々が感じるのは、むしろ街を吹き抜ける烈風であり潮騒の音であり、弱く美しい北方の陽光なのである。                                 
自分が、いかなるもののうえに生活しているか。テシオの街のシャープで機械的な輪郭は、自然の脅威の中で今もボケていない。
                                                                                                                            
テシオを大自然に人間がつけた傷あととみるか、先人の築いた希望の都市とみるかは、自由であるが、それを論点にしてはならない。 
人知を超えたスケール感とシンクロしている状況に人が棲み得ることこそ未来への論点なのだ。                                                         

テシオが豊かに機能する遺構にみえる秘密はそこにある。