M.Oのこと

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30歳にして才能を発揮していた建築家M.Oは1996年春、活動の地をサッポロからイタリアに移した。「サッポロは自分を鍛えないから。」と言い残した。地方都市には刺激が少ないというよくある話しではない。M.Oはおそらくこう云いたかった。「建築を脅かす状況がサッポロにはない。」

刺激ではなく脅威。

戦争や天災、資本移動などの歴史的な変転の中で世界中の都市は翻弄されてきた。そしてその都度建築はギリギリの存在形式を発見し都市の輪郭となってきた。
人類史の宝とされる遺構や世界の観光原資を見れば理解できることだ。

現代都市において重要なのは脅威の残像と今もなお人間の生活が向き合うことである。もちろん生命に対する直接の脅威ではない。現代建築が脅威の残像の翻訳者となること。都市が翻訳としての建築を重要とみなすこと。これらが都市文明が暴走しないための鍵となる。
脅威の残像と建築がいかにシンクロできるか。その方法論が未来の建築理論となる。

M.Oが渇望した脅威の残像はサッポロに見出すことは出来なかった。それはM.Oにとって建築家としての死を意味した。