
大学の建築学科では最後に卒業設計を行う。北海道大学都市建築学科でも4年生の秋からその製作が始まる。私は数年来非常勤講師として審査の過程に立ち会ってきた。10月15日は今年度最初の中間発表であった。卒計では模型や図面など必要提出物が決まっているだけで後は自由なのである。実はこの「自由」というのが「制約なき選択」を迫る。
・・・自分がどんな奴で、何が好きで、
何を考えていて、どこに行きたいか。・・・
このような選択はどの人も日々迫られている。気づかないのは、心身疲労しているか、他人(社会規範)に合わせているか、あるいは重要な選択ではないか。そして選択の結果が検証される機会がないので、意識しないまま日常を送ることは可能だ。
卒業設計は、無意識に流れる日常を数ヶ月間「堰き止め」、大学生活で輪郭がボケた自分にエッジを与えるという一大イベントだ。他人と違う選択をした自分を立証できる絶好の機会でもある。
以下、頭に残った提案についてのメモ。
URさん:dialogue in the dark(闇中の対話)という近年の世界規模のイベントを題材に、視覚障害者にとってのバリアフリー化や、光と闇の関係を新しい空間の形として表現しようとしている。
計画地が札幌駅近辺となっているが、序盤の敷地選択としては唐突すぎる。
「北海道で光が一番美しい土地は?」これくらいの問いから始めてもよいのでは。誰かがいった「美しい闇は美しい光から生まれる」である。つまり「ウラ敷地」が必要だ。「オモテ敷地」で考えたラフ模型は少し窮屈そうに見えた。
KMくん:ニュータウン江別市大麻の長屋状のシャッター商店街を小学校として再生する案である。
全国各地のニュータウンは高度成長期の都市人口の受け皿として、人の住まなかった山林を切り開いて瞬時にできた街である。「街開き」のときに集まった人の主な理由は、通勤圏での住宅取得である。産業構造や人口構成がかわった現在、ニュータウンの衰退が問題になっている。しかし、これは政策的な背景に過ぎない。
この案は「住」ではなく、「教育」と「商い」に着目している点がおもしろい。しかし現時点では、どこかにすでに実在している企画の様にみえた。
TNくん:東京、JR中野駅の改築案。再開発など駅周辺に起こる街の変化に対し、駅全体をバイパスとして連続させる案。
提案の背景には生まれ育った場所への愛着を感じた。しかし愛着のみで切り込むには、複雑で大きすぎる既存駅の現状。その無防備さが卒計らしいが・・・。今後この案への否定意見が多くなることは予想される。しかし、むしろそれを糧として that’s it! を模索されたい。
HSくん:九龍城のような、自然増殖的集合住宅を札幌市円山の裾野に提案。
集合住宅を計画的・効率的につくることは住空間として本当の豊かさをもたらさない。提案の背景にはこのような、問題意識がある。これは現代住居計画学においてはアンチテーゼの王道であろう。
九龍城を例にするならば、「そこに棲息するべき理由」があるから、増殖を繰り返さざるを得なかったのだ。それが結果として特異な建築形態と空間の非計画的な多様性を生んだ。「抜き差しならない理由」が先にあり、形はそれに従うのだ。提案ではその順序が逆だ。形態遊戯にならないことを願う。
発表してくれた人は8人。上記以外の4人について簡潔にまとめると・・・
NMくん(釧路、小学校跡地、自然環境とライフスタイル)
TKくん(伊達、田園と暮らし、高齢福祉)
YMくん(函館、坂と建築、まちづくり大学)
OKくん(札幌、都市再生、既存建築構造フレーム利用)
案のキーワードは以上だが、まだ「最終選択」までの手探りだろう。
写真は、今春に完成した新しい建築スタジオ。秋の弱い光が美しい中での講評会だった。
N.F