プロデュース学  「残 像」

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多くの人から異口同音にこのような言葉を聞いたことがある。
   - すべての創造的な活動は「記憶」から生まれる。
 
非常に小難しい言い回しだけれど、ほぼ的を得ている。
 
かなり強引な解釈をすると以下のように言えるかもしれない。
 
  - 発想豊かな人の脳の中を覗くと、記憶がギュギュウ詰めになっている。
 
 
 
しかし「創造は記憶から」とはいうものの、そんなに正確なデータを脳ミソにストックはできない。
 
だから、刻まれた「記憶」というより、堆積してしまった「残像」というべきだ。
 
課題解決のためにアイデアの鮮度が必要になったとき、真のプロデューサーは静かに
自分の中に堆積した残像を検索し始める。
 
  過去に読んだ本、観た映画、訪れた場所、知人や友人の言動。。。確かな実感をはどれか?
 
世間の時流やトレンドを参照しているようでは、その時点でそのアイデアの
賞味期限は切れている。
 
 
まあ、ここまでは了解できるとして、難しいのは己の中に堆積した「残像」を、
如何に効率よくフラッシュバックするかということである。
 
プロデューサーたるもの腕組みをして、2日も3日も瞑想してはいられない。
 
 
写真は、数十年ぶりで訪れた私の高校界隈。
近隣の喫茶「幸」は私の属したラグビー部のタマリ場であり
部活のためのアイデア生産工場だった。
試合や練習の残像が常にフラッシュバックされ、奇想天外なアイデアに化けていた。
N.F

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