2014年12月アーカイブ

バイパス

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バイパス.JPG
何かについてジックリ考え始めたら、それは危険信号が点灯している証拠だ。
 
なぜジックリ考えたくなるか?
答えに至る道筋を見失っていることが自分で判っているからである。
だから、その発見には腰をすえてかからないと、、、となる。
明らかに逃避だ。
 
逃避であるから、手がかりを絞るどころか
ソモソモ論や背景整理に思考を巡らし、結局飽きてしまう。
 
 
 
あるデザイナーが会議の場で、「バイパス」の重要性を強調した。
ヌカルミ状態を回避し、進むべき道にいたるためのバイパスの発見こそ、
あらゆる会議のテーマであると。

バイパス=迂回経路
 
私は密かに膝をたたいた。 

ソモソモ論と背景整理に向かうことは、わざわざ交通渋滞に突っ込んでいくようなもの。
前進も脱出も無理な状況に陥る。  

ソモソモ論と背景整理は学者と評論家に任せて、
我々は常にバイパスを探り続けなければならないのだ。
 
未知の課題に向き合うから、道筋なんてすぐに見失う。
それは当然のこと。悲観や逃避をする必要はない。

重要なのはバイパスからバイパスを連続的に発見しながら進むこと。
小刻みに、素早く、時には反対方向に。
   
 
写真は、私が時々訪ねる深夜の大人ための空間。
 
「どうせ逃避に行くんでしょう」って?
いえいえバイパスを発見しに行くのです。
 
カウンターを挟んでホストとゲストの上品と下品が交錯する会話の応酬。
まるで人生経験とウィットの戦場。

店の奥にはestate(夏)とinverno(冬)の女神。
 
バイパスとは、例えばこの様な状況の中で偶発的に発見される、、、
場合もある。
 
しかし折角見出されたバイパスも、
薄れゆく記憶の彼方に消えてしまう場合があるのでご注意を。N.F