2014年7月アーカイブ

観ル診ル視ル

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観る 診る 視る .jpg 

今抱えている仕事をバッグに詰め込み、リゾート気分でラグビー国内最高リーグの合宿地へ
練習試合を観戦にいった。
 
ラグビーの試合は色んな立場から「ミル」人がいるから学ぶことが多い。
 
仕事で疲れた頭を解放するため「試合をミル」のではなく、「試合をミル人をミル」という
バカげたことにトライしてみた。
 
結果、ミルにはいくつかの種類があることがわかったので、ご報告いたします。
 
 
まず「観ル」。  
  いちファンによる試合観戦。ひたすらcrazyかつ能天気に「ミル」。
 
次に「診る」。
  マネージャーや監督、解説者など、選手の体調や個々のプレーの質を注意深く「ミル」。
 
最後に「視る」。
  オーナーのように、目には見えないチーム全体の潜在力を透視するように「ミル」。
   
 
どれがエライとか、そんな話ではない。
 
一般的にいちばん難しそうなのは「診る」だろう。 
相応の現場感覚と専門知識が必要だ。 
 
30人が入り乱れるラグビーはダイナミックだが、それゆえ複雑だ。
それが観戦ビギナーの参入を阻む要因にもなっている。
 
だから、ビギナーは専門的に「診る」目をもっている人を尊敬するとともに
劣等感をも抱いてしまう。

一方、「観る」と「視る」はその道のプロでなくてもいい。
「観る」ためにはとにかく好きであること。
そして「視る」ためにはスポーツに限らず、世の中の幅広い事象に感度をもっていること。
 

普段の仕事では、私はまさにこの「診る」という専門職的守備範囲の中でモガいている。
ついつい「観る」と「視る」に必要な、楽しむ感覚と広い視野を失いがちになる。 

現場で体を張り、勝ち負けに責任を負うプロフェッショナルな立ち位置を忘れず、
しかもcrazyな一ファンとしての熱狂に突き動かされながらも、
はじめてラグビーに出会った時の感動とともに生き、
現状に暗雲が立ち込めた時には、細部は気にせず
チームの将来的価値を長い目で透視して、
そこに見出した可能性を力説しながら、落ち込んだみんなを勇気づけ
ビールとメンバー表と携えて、雨が降ってもピッチに立つ。
 
そうゆう者に、私はなりたい。
 
 
 
雨ニモマケズ、 風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、 丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク、 決シテ瞋ラズ
・・・中略・・・
サウイフモノニ、ワタシハナリタイ

今回は書いている間に、どういうワケか宮澤賢治な方向にいってしまった。
 
写真右端はJAPANチームヘッドコーチのエディ・ジョーンズさん。
私のそばで、傘も差さずに「観テ、診テ、視ル」姿は宮澤賢治のようだった。
オシマイ。N.F

日本縦断玉突き

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日本縦断 企業玉突き.jpg
紙袋を巡る、日本縦断の企業玉突きが展開中である。これまでの試合展開を要約すると。。。 


  <strong>①</strong> 一昨年、我々は東京ビジネスデザイン賞という地味なコンペに応募した。
 
  <strong>②</strong> 紙袋部門で当選し、以来2年弱、<strong>浅草「金森製袋」</strong>と行きつ戻りつのデザイン開発に取組んできた。
 
  <strong>③</strong> その話を友人の<strong>「水曜どうでしょう?」プロデューサーF氏</strong>にしていたら、
    <strong> 静岡県富士市「大二製紙」</strong>という100%再生紙の企業を紹介してくれた。 
 
  <strong>④</strong> こちらから企業訪問するはずが、先に<strong>富士市「大二製紙」</strong>T社長が<strong> 札幌</strong>にやって来た。 

  <strong>⑤</strong> 負けじと我々も、<strong>富士市「大二製紙</strong>」の工場の見学に伺った。
 
  <strong>⑥</strong> その後スグ、富士市「大二製紙」T社長が<strong>浅草「金森製袋」</strong>H社長を見学訪問された。
 
  <strong>⑦</strong> そして間髪を入れず「大二製紙」T社長が私を<strong>大阪船場、創業百年の老舗「大一洋紙」</strong>に導く。
 
  <strong>⑧</strong> 船場「大一洋紙」専務M氏が、私を拉致するように車に乗せ大阪から関空近傍の<strong>泉南「山陽製紙」</strong>に。
 
  <strong>⑨</strong> 数日後とって返すように今度は泉南「山陽製紙」H社長は社員を連れ、<strong>富士市「大二製紙」</strong>を見学訪問。
 
  <strong>⑩</strong> その勢いをかって泉南「山陽製紙」H社長は<strong>浅草「金森製袋」</strong>H社長を訪問し、ある商品開発に踏出す。
 
途中で完全に見失ってもうたわっ!・・・・お叱りの声も、ごもっとも。なんせ玉突きですから。
 

札幌→浅草→富士→浅草→富士→船場→泉南→富士→浅草→札幌、
日本の北半分1000㎞超にまたがり企業が玉突きを展開した。
 
建築は重くて動かない。だから置かれる地域や街に縛られる。従って技術交流にも
自ずと限界と境界がある。
 
一方、紙袋は「包む」という機能が建築と似ているが極限まで軽い。 
しかも平面と立体のどちらにも変化する。だから技術交流には限界も境界もない。
 
究極の軽さの技術に学びながら、重い建築の在り方を見直そうとモガイテ来た我々だが、
気付けば多くの企業が玉突き状態に。
 
写真は大阪泉南「山陽製紙」の主力素材、セメント袋や米袋の底の帯。
紙素材の開発には非常に挑戦的な企業で、紙で糸や繊維もつくる。
 
写真のセメント袋帯部分は今では、電材のラッピングに使われている。 
シワが伸縮し、複雑な形態に追従するが
中に繊維が練り込まれており伸びても切れない。
 
紙袋の素材と工法を巡る我々の旅は、2年弱の間にここまでたどり着いた。
 
今後も玉突きは続くのか? 
いやそろそろカタチを捻り出すタイミングなのか?
いやいや、もうちょっと仲間が増えた方が盛り上がるかも?
いやいやいや、手も動かさんと。。。
 
「軽さ」の可能性に魅了されるこの頃である。N.F