2013年8月アーカイブ

火曜日の男

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火曜日の男.jpg
ここは当社オフィスの下階にある洋食屋「キッチン館(やかた)」
昼はランチ。夜は飲める。
私は10年以上、ほとんど社食のように通ってきた。
 
昼食はもちろん、夜も友人との会食や密談の場としても使っている。
だから、ヘビーユーザーなのです。
 
座れば自動的に出てくる肴と水道水のようにつがれるビールで、いつしか酔っぱらっている。
 
そしてここ最近は、私はもっぱら「火曜日の男」だ。
ある構想について、頭を解きほどいて考えるために、火曜の夜はこの店に居座っている。
 
ある時は店主やおカミさんと語らいながら、
ある時は新聞を読みふけりながら、
ある時は臨席客人の話を盗み聞きしながら、
 
とにかく、心身をセンサーに頭の回路を活性化しようと試みている。
 
10年以上そんなことをしているので、キッチン館はいつしか、
うまく表現できないけど、
私にとってのブレストルーム?いや、江戸の井戸端?
いや、中世の広場?いや、ウォーホルのファクトリー?
いや浅草演芸場?いや新世界ミュージックホール?
 
いえばいうほど違う。。。
 
というわけで、火曜日に一人楽しく自分との対話を楽しんでいる。
 
しかし、冴えた構想が数時間のうちにアルコールで抹消されるので、
火曜の男は、いつしか金曜にもこの店に居座ることになる。
 
この火曜も高校無償化 と 土橋さん訃報 と
石巻子供図書館 と 気仙沼ニッティング。。。
 
そんなことを新聞で熟読しながら、店主のご家族の近況や
冬のトマトの異常な高さについて話しながら、
フツフツと冴えた構想が浮かんできたのだが、
濃厚なハイボールが洗い流してくれた。
 
「金曜の男」としてやりなおしっ!!N.F



 

小さな建築VS大建築家.jpg
p.b.Vが提唱する「小さな建築」はついに最強の敵をむかえた。 
 
敵とは・・・ヴォーリズ。
 
ウィリアム・メリル・ヴォーリズ
1880年に米国で生まれ、哲学をおさめ、1905年に英語教師として来日し、
キリスト教の布教につとめ、メンソレータムを販売し、建築事務所をつくり、
1000以上の学校や教会や家をつくり、近江の名誉市民となり、叙勲を受け、
自伝を書き上げ、・・・・1964年に死んだ。
 
書くだけで、おなかがイッパイだ。
  
単なるデザインマニアの建築家ではない。
宣教師なんだか、薬屋なんだか、土建屋なんだか、
とにかくCrazyとしかいえない。 
 
1933年、そのヴォーリズは兵庫県西宮の丘陵づたいに
神戸女学院の新キャンパスを完成させた。
山を削る大工事だったと想像するが、
80年後の今は緑に覆われたすばらしい環境に成熟してる。
 
当時の図面からは教育理念と自然環境のマッチングへのアイデアが溢れている。

2011年の夏、キャンパスを一日かけて見学させて頂いた。

重厚な校舎を腹いっぱい堪能しているさ中、チャペルの十字架が眼に飛び込んだ。

真鍮板の箱状で、ペコペコ感があって、柔らかそうで、一見して軽そうなクロス。
イエスが背負う重荷を少しでも軽くするためのデザインだと直感した。
 
こんだけ重厚な校舎をつくりながらも、
この様な愛情と勇気のあるアイデアが出るなんて、
やっぱりCrazyきわまりない。
 
その後、仕事のご縁が出来て時々通うことになった。
 
我々の「ミッション」は、大建築家の残した建築や環境を
「小さな建築」として転写し、世に知らしめることだ。
 
なんだか、小難しく表現したが、そうとしか言いようがない。
 
はたして「小さな建築」はヴォーリズのクロスに勝てるのか!?
あるいは屈するのか!?
 
 
さあ、かかってきたまえヴォーリズくん!
 
いや、ちょっとまって。こころの準備が。。。N.F

 

待つ力

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札幌の仇を京都で.jpg
出会いはタイミングと縁がすべてだ。
逢いたい、逢いたいと熱望しても、タイミングと縁がなければ叶わない。
 
つまり、追いかけてばかりではダメ。
そこで試されるのは「待つ力」。
 
相手が人であっても仕事であっても同じだ。
己の中に熱望の炎が燃え上がった時にこそ、「待つ力」が重要となる。
さもないと対象はかえって遠のくハメになる。
 
最近、一本の映画に対し「観たいのに、観ることができない」状況が続いた。
 
この映画は場所を移動させながら短期上映を行う形式で公開されている。
 
春先の札幌の試写を仕事の都合で逃してから、縁とタイミングに見放され
観ることが叶わなかった。

そうこうしているうちに上映場所はどんどん遠くなり、
ついに私の居場所から数百キロの彼方に行ってしまった。
 
私はあせらずに「待つ」ことに専念した。
全国の上映スケジュールを確認しながら、縁とタイミングを見計らった。
 
待つこと4か月。ようやくその時が来た。
仕事の合間、なんとか京都でその映画を観ることができた。
 
その映画の題名は「じんじん」。
ストーリーも知らずに観たが、なんとテーマは「待つ力」についてだった。
 
自分が待って、待って、ようやく逢えた対象が「待つ力」の大切さを描く映画
だったことに完全にヤラれてしまった。
 
人類には「追うヤツ」と「待つヤツ」と「それ以外」しかないと言い切れる。N.F