2013年5月アーカイブ

ボトルネック

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ボトルネック2.jpg
これから数回、やや小難しいことについて書かなければならない。
こんな時は以前にも増して、じっくり、噛み砕いて、腹と心に納めながら文章化を試みたい。
 
1930年代につくられた椅子が復刻された。
イタリアの大巨匠が薬品会社のためにデザインしたアルミ製の椅子である。
 
今日では、コジャレたカフェテラスに行けば見かけそうなデザインだ。
量販店に行けば2万くらいで入手可能なタイプにも見える。(見えるだけだが。。。)
 
1930年代当時、この椅子を創り出すのは非常な困難を伴ったのではと直感したところから
展示会場での以下の会話がはじまった。
A氏は復刻したメーカーのスタッフの方である。
 
私  「80年前にこれをつくるのは大変だったのでは?」
A   「当時のこの手の家具は職人が苦労してつくっていた。現代の流通家具は工員が機械でつくる。」
 
私  「それは産業化されたということか?」
A   「そうだが、その弊害もある。」
 
私  「?」
A   「大量生産の現場において、新しいものが生み出せなくなった。」
 
私  「この椅子を復刻したのはなぜ?」
A   「現代の工員に、技術のもつ力と感動を伝承するために。」 
 
 
「ボトルネック」という言葉が浮かんだ。
 
量産性にばかり邁進すれば、いざという時に新しいものが生み出せなくなる。
だから時々わざと負荷を与えて速度を落とし、心と眼と手の訓練をするのだ。
 
この椅子は、まさに産業のボトルネックといえる。
 
床に這いつくばって、この椅子を下から眺めれば
部材の接合や厚板の処理など、80年前の工房の音が
"トンカン  トンカン  チュイーン"と聞こえてくる。
十数万円を出して、誰が買うかなんてどうでもよい。
 
カッコよさや美しさに眼を奪われるまえに、80年を経てなぜボトルネックとして
再登壇できるのかについて、よくよく考えなければならない。 

また、わざとボトルネックを生産現場に投入する企業のファイティングポーズについても。N.F

GIO PONTI MONTECATINI CHAIR 「D.235.1」

very simple will

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ココロザシ.JPG
現在我々は様々な構想をお持ちの方のお話をお伺いしている。
「お」ばかりが並んでしまったが、
カタチとして孵化するのはまだ先のことだ。
しばらくは多少膨張気味の構想に耳を傾けることにした。
 
老舗商店街組合、 大学経営者、 穀倉地帯の農家組合、
高い技術を持つものづくり企業、 エゾシカ組合、公共図書館・・・
 
関西、東京、札幌、小樽、知床、空知に及んでいる。
 
分野も場所も課題も工程もバラバラである。
 
しかし、ある共通の思いがあって我々が必要とされている。
(・・・と我々は思い込むことにしている) 
 
それは次の一言に集約される。

    -個性をカタチにしたい-
 

個性の輪郭が怪しくなっているからカタチが必要となるのだが
個人単位ならまだしも、集団や組織となると「個性の摘出」は非常に難しい。
 
 
でも摘出の糸口がまったく無いわけではない。
大量に提供される情報の中に「ココロザシ」を感じる瞬間があるのだ。
 
我々が焦点を合わせなくてはならないのはコレ。
それ以外のものは殆ど不要だ。
 
「ココロザシ」をつかんだら、それを絶対に手放すことなく、少しずつカタチに孵化
させるのだ。
 
ちなみにここでいうココロザシとは立派さや高尚さとは関係がない。
単純さや単一性を達成しようとする意志のようなものである。
 
写真はある農村レストランのサイン。
「何だかわからんだろ~」と思うのは間違い。
畑の恵だけをカタチにするというvery simple willは
確実に伝染するのだ。

光で観る

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漁協婦人部食堂.jpg
私の横でアンちゃんたちがラーメンを食べている。
「今度の若いのはどうだ?」
「あいつには、まだ任せられねえー」
「けっこう、元気いいんでねーのか?」
「いやいや」
 
こんな会話が聞こえてきた。
ガラスは結露で曇って、見えるはずの海はみえない。
GW明けというのにストーブが焚かれている。
天井には布巾。
 
カウンターは奥行が浅く、厨房は完全にオープンで清潔だ。
収納も最低限。店内は非常にコンパクトに設えられており、
好感のもてる雰囲気がみなぎっている。
 
先ほどのアンちゃんは漁師で、新入りの噂をしていたのだ。
勘定をすませて店を出るとき、食堂のお姐さんさんたちから
「今度一緒に連れてきてやんなさい!」と声をかけられていた。
 
ここは世界遺産知床半島の入口、ウトロ漁協婦人部食堂。
お姐さんたちは漁師の妻方だ。
 
うわさ話し、狭いカウンター、ストーブ、結露、布巾、、、
そのような雰囲気の中でイクラ丼ではなく私も塩ラーメンを食べた。
 
このような「手応えのある時間」はそんなには無い。
貴重だ。

ある人から聞いた。

 - 観光とは、「闇に光を照射してよく観ること」である。
 
 
全世界に共通することだが「観光スポット」「観光ソムリエ」により
何かを発見することは困難だ。

楽しそうな観光地でも、実は闇に包まれているのだ。
光を照射できるかどうかは、ウンとカン。
観光の達人になるためにはその両方を備えていなければならない。
 
 
ウトロ漁協婦人部食堂での数十分は、まさに闇に光が差し込んだ瞬間だった。
 
ありがとう、アンちゃんたち。
ありがとう、お姐さん方。
ありがとう、すばらしい食堂の空間。
 
大雪で自然エリアには入れなかったけれど、
手応えのある何かを観ました。
N.F
 

ヘンな家

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ヘンな家.jpg
昔、都内の地味な住宅地に、ある建築家が気合いを入れて家と店を設計した。
相続税対策として隅々まで無駄のない良い計画だったが、外観は少々飛んでいた。

あるとき、前を通り過ぎると白い外壁に落書きがされていた。
 
         ヘンな家
 
小中学生のような筆跡だったが、丁寧にかつ絶妙の場所に書かれていた。
私は笑い転げた。
地味な景観から明らかに突出していることへのストレートでシンプルすぎるツッコミだったからだ。
 
私は知り合いであるその建築家がユーモアのセンスをもっていることを
非常によく知っていたので、一瞬自分でツッコミを入れているのかと思うくらい
外観と落書きとは「対」をなしていた。
 
 
 
  
先日「ル コルビュジェの家」というアルゼンチンの映画をみた。
この映画の舞台は20世紀の大巨匠が設計した邸宅である。
 
ストーリーはさておき、私は20代の頃この家の図面を初めて見た。
 
         ヘンな家

問答無用に、そう思ってしまったから仕方ない。
なんで「ヘン」なのか?その原因を知りたくてその家の図面を自分の手で写してみた。
写真左はその図面の一部で20年前のもの。右はリビングルーム内での映画の1カット。
 
外観もヘンだし、住み方もよくわからない。おまけに大きな樹が家の真ん中にいすわって
庭ばかりになっている。そのため全体の中での居住エリアは小さくなっている。
つまり、妙にスカスカな家なのだ。
 
図面を写し取っても「ヘンさ」の謎は増すばかりだった。
 
私にとってこの映画を観ている間は、20年前に写し取った図面の中を歩き回るという
ヘンな時間になった。
 
おまけに登場人物もストーリー展開も結末も全部が「ヘン」だった。
 
 
観終わって私はなんだか「恐ろしい」と実感した。
 
映画監督にも私にも、時と場所を超えその家からヘンさが伝染していたからだ。
 
 
我々の様な仕事においては「新しさ」は重要だが、
それにくわえて「ヘンさ」というのも見落としてはならないファクターだ。

でないと、自らの案を他人に伝染させることなどかなわない。

N.F
 
追伸
後年になってこの家の設計過程を本で読んだ。

なんと、建主と建築家は一度も顔を合わすことなく家が出来てしまった。

どいつもこいつもヘン。