2012年7月アーカイブ

プロデュース学 ざっくり.jpg

どんなに筆達者でも、ハンパな気持ちで描き始めては絶対いけないもの。。。
それは「千手観音」。 
とくに京都三十三間堂のそれは全部で千体。 びっしり並んでいる。無理だ。
 
「かいてみっかなー」と思った人は人生のブラックホールの前に立っていると考えたほうがよい。
(腕の本数は実際には一体当たり数十本だが)
 
 
2002年初夏、私はこの深いブラックホールに落ちた。
 
一体を描き始めたところで、あまりの複雑さに筆がとまった。

  - このままメモ帳を閉じ、静かなる負け犬として御堂を後にするべきか?
  - あるいは複雑さを克服するまでネバるべきか?

かなりモジモジした後、ある問いに至った。
 
「そもそも」自分は何に感動したのか?「ざっくり」自分に問いかけた。
 
 観音の表情の不気味さか? 長すぎる回廊のバカバカしさか? 拝観料の高さか?
 
しばし、フリーズしたあとにひらめいた!

  - 千体も、重ならずに並べた奴が偉いっ!
 
後は千体の並べ方を記録するだけで気持ちが整った。
私は勝ったのだ。見事ブラックホールから生還したのだ。
 
 
この「千手観音の教訓」とは、対象は「そもそも」と「ざっくり」で掴めということだ。
 
そもそも画家でもない自分が、
千手千体に挑む理由がないし
そもそも百キンのペンとメモしか持参しない者が、
数百年の造形奥義を数分でメモろうとすること自体、
そもそも大間違いだ。

 
「そもそも」を見失うな。
だから「ざっくり」つかもう。
プロデューサーたるもの。
N.F

Oh my brothers !!

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brother.JPG 我々が関わった二つの違う仕事が同じ賞の審査対象になっている。 こんな経験は初めてだ。   いくつかの副賞はあるものの、一等賞はもちろん一つ。 それなのになぜ、己の首を絞めるように二つをプレゼンするのか?   実は、この二つの仕事はクライアントも場所も目的も全くちがうのだが、我々の根底にある 考え方が全く同じなのだ。   一つのアイデアから生まれた二つの個体。   外見は違うが、brothersなのだ。   brothersという存在は不可思議だ。互いに連携しながらも、けん制し、鍛えあう。   二つの違う仕事を一つの賞に応募した理由はここにある。   プレゼンの質を上げるために、brothersを競わせる。 そういう戦略を選んだのである。   両者を競わせながらプレゼンするのは骨の折れる作業だ。 片方のちょっとした表現方法の進展が、他方にも影響を及ぼす。 下手をすると、サルの様に際限なくけん制しあうハメになり、終わらない。     時間とエネルギーをつぎ込んだ結果、わかったことがある。    - やればやるほど、全くちがう外見にも関わらず、brothersに見えてきたこと。  - 審査会場でbrothersが喧嘩をはじめないか心配になってきたこと。     どちらも入選か。どちらかが落選か。あるいは。。。     市長やいくつかの企業を巻き込んだプレゼンなので、brothersの連携を期待するしかない。 " Oh my brothers  仲良く闘ってくれ !! " N.F   
プロデュース学 3.JPG
「将来きっと役に立つだろう。」
 
私はそう信じて1989年から「コレは」という出来事をメモしてきた。
画やら文字やら、丁寧だったり乱雑だったり、とにかく記録しまくった。
なぜか?自分の記憶力に自信がなかったから。
 
現在、40冊に届こうとするところだ。 
どのページにもヘタながらも真剣な私の筆跡が走っている。
 
どんなに記憶力が悪くても、自分で手を動かした内容は覚えているものだ。
いや、脳に記憶がなくても、指先を通して身体が覚えているに違いない。
そうにちがいない。
 
すべては私の身体に刻まれているはず。ちょいと再確認のつもりで開いてみた。
 

 
 - 表面surfaceで考えるな!凹凸reliefで考えろ!ロダン。 1989年
     ・・・いい言葉だ! しかし、まったく覚えていない。
 
 - 書かれていることより、書き方が大切だ。 ドフトエフスキー 1992年
     ・・・本当にそうか。しかし、断言することが巨匠の条件だ。覚えてはいないが。
 
 - 「こんな仕事がしてみたい!」そう思わせたら、それが芸術。 高倉健 1998年
     ・・・おれも健さんになりたい!、、、なんのこっちゃ? うーん覚えとらんな~。
 
 - 街は混ざり合うシステム。建築はそこから孤立するシステム。1999年
     ・・・これ、誰がいったんだろう。その点も含めて完全に記憶外。
 
 - アホから教われるのが、ホンマのカシコ。
    カシコから教わるくらいならアホでもできるがな。 森毅 2004年
     ・・・深すぎる。でもホンマもんのアホに進化するための処方は? あかん、覚えてまへん。
 
 - 経験より実験を!知識よりも知ろうとする行動を!ゲーテ 2006年
     ・・・かっこいい。かっこよすぎる。でも、覚えていない。

 - デザインという仕事。「こうでしょ。ねっ!」 「ですよねー!」
   言葉ではなく、意識の一点集中化。  2007年
     ・・・なんだかわからないが、そうかもしれない。覚えていないが。
 
 
全てのページにこの類が延々と書き込まれている。
キリがないので、ここまでにしたい。
 
問題は、ほぼ覚えていないことだ。
 
「人は忘れるために生きている」とは誰かの名言だが、覚えておくためにわざわざ書いたことが
なぜここまで抜け落ちるのか。
 
プロなら誰しもがもつ宝の山。
課題は、完全に忘れてしまう事。「残像」すらない。
それらをどう効率的にフラッシュバックさせるか。
 
プロデュース学、まだまだ課題は山積である。N.F
 

振 動

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昼から.JPG
当社がある雑居ビルの地下1階はカラオケバーになっている。
昔は夜営業だけだったが、店主が変わり最近では「昼カラ」ができる。
 
昼カラとは、マッ昼マから声帯の振動を全開にすることが許されるシステムのことである。

 
最近、気になっていることがある。
比較的ご高齢の方が吸い込まれるように地下に降りていく。
うまい下手に関わらず、もちろん声帯は全開放状態である。
 
その数はどんどん増えていく。
しかも、若い人を引き連れて地下に消えていく姿が多い。
母と娘、そんな組み合わせが多い。いや、単なる友人かもしれないが。
 
いずれにせよ、ビルの階段室には常に血管が切れそうなくらいの声帯の振動が
響き渡っている。
 
3階にいる私はこの振動を全身に浴びながら、次のようなことを考えた。
 
 - 適度にカロリーを消耗し
 - 適度に「見られてる感」があり、
 - 適度に練習を必要とし、
 - 大きなジェネレーションギャップが問題にならず、
 - そして何よりも没頭出来て、
 - しかもあんまりお金がかからない。

つまり、昼カラはリタイヤ後の時間の過ごし方について、ミラクルな処方箋をもっているのだ。
 
プロデューサーを自認される方は、これに匹敵する処方箋を
瞬時に3つくらいは用意できなければならない。
 
と、ひとりで頷いてはいるが・・・

ちょっと振動が強すぎはしないか?
私が振動に弱いのか?
あるいは、ビルの階段の構造が脆弱なのか?
 
しかも振動開始時刻が、日に日に早くなってはいないか?
これでは「朝カラ」ではないのか?
 
そして最後に付け加えるなら、皆さん振動のさせ方が少しヘタすぎはしないか?
 
 
振動に強い心身をつくるか、もしくは一言いわせていただくか。
 
その一大分岐点が近づいている。N.F