2012年6月アーカイブ

残像.jpg

多くの人から異口同音にこのような言葉を聞いたことがある。

   - すべての創造的な活動は「記憶」から生まれる。

 
非常に小難しい言い回しだけれど、ほぼ的を得ている。
 
かなり強引な解釈をすると以下のように言えるかもしれない。
 

  - 発想豊かな人の脳の中を覗くと、記憶がギュギュウ詰めになっている。
 
 
 
しかし「創造は記憶から」とはいうものの、そんなに正確なデータを脳ミソにストックはできない。
 
だから、刻まれた「記憶」というより、堆積してしまった「残像」というべきだ。
 

課題解決のためにアイデアの鮮度が必要になったとき、真のプロデューサーは静かに
自分の中に堆積した残像を検索し始める。
 
  過去に読んだ本、観た映画、訪れた場所、知人や友人の言動。。。確かな実感をはどれか?
 
世間の時流やトレンドを参照しているようでは、その時点でそのアイデアの
賞味期限は切れている。
 
 
まあ、ここまでは了解できるとして、難しいのは己の中に堆積した「残像」を、
如何に効率よくフラッシュバックするかということである。
 
プロデューサーたるもの腕組みをして、2日も3日も瞑想してはいられない。
 
 
写真は、数十年ぶりで訪れた私の高校界隈。
近隣の喫茶「幸」は私の属したラグビー部のタマリ場であり
部活のためのアイデア生産工場だった。
試合や練習の残像が常にフラッシュバックされ、奇想天外なアイデアに化けていた。
N.F

慣性力 

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Qsモール.jpg
私が生まれ育った大阪アベノは長屋と路地と商店街とスタンドバーと空き地が入り乱れる街だった。
しかし昭和40年代にはじまった巨大再開発で、完全な様変わりをした。
 
どこがどこやら跡形もなくなった街角にたたずみ
「昔はよかったなー」的な感傷に浸っている場合ではない。
 
ぎこちない新参モノに「で、どないやねんっ!?」と愛のあるツッコミを入れることこそ重要なのだ。
 
 
キューズタウンは巨大開発の最後にできた複合商業施設である。
六本木〇〇〇のようなカッコウをつけたつくりではなく、
ドンキ〇〇〇をヴァージョンアップしたような設計になっている。
 
その一角に地元地権者がまとまって再出店したエリアがあって、静かなるオーラを放っている。
 
洋食の定番、ギョウザの有名店、立ち呑みの老舗など、戦後より街のニッチで
商売をされていた超強力店だ。
 
経営者側と開発コーディネーターの火の出るような出店交渉を想像しながら、
今プロジェクトの目玉テナント渋谷109だけでは完結しない「大阪の慣性力」を実感した。
 
 
 
吸い込まれるように入った居酒屋で、注文後30秒で出てくる酒の肴に囲まれながら
 
  「すみません、酎ハイの味のついてないのちょうだい」
  
  「ブレーンのことでっか?」
 
それ、プレーンやろっ!!と愛をこめてツッコンだ。
 
心の中で。N.F 

 

まねきいれ

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ふる里.jpg
またひとつお店ができる。
小難しい話は抜きに、我々にとって店づくりは楽しみそのものである・・・
と言いたいところだが、非常に難しい仕事だった。
 
老舗居酒屋ふる里には多くの常連様がいる。
「ここは俺様の居場所だ」的、「このお店を育てたのは私よ」的ファンが大勢いらっしゃる。
 
全員が球団社長といわれる関西の虎キチにも似た、ありがた~いタニマチさんたちだ。
 
12年前、偶然にも私はこのお店で飲んだことがある。
漁礁のような居心地良さと、オバちゃんスタッフの持成しの凄さを体験したことを覚えている。
 
ちょうちん、七福神、まねき猫、神棚など重鎮アイテムが居座るノーガードのインテリアは
建築家やデザイナーの踏み込みにくい領域である。
 
「こんな店の設計依頼が来たら、どないしょー」などと飲み潰れていたのは過去のこと。
 
お仕事としてリニューアル計画に向き合うことになった。
 
 
さらなる繁盛へ新たな挑戦をする一方、絶対に死守しなければならない「雰囲気」がある。
 
この「雰囲気」に対しどこまで感度がたつか。
とにかく経営や現場の方々の声を「聞く」ことを先行させなければならない。
形はその後に生まれ出る。
 
 
ということで、
 
 商店街の夜空に浮かぶ「まねき猫」
 「芝居小屋」のような飾り窓
 京の露地のような厨房収納
 木戸番のような勘定場

などが「小さな建築」としてカタチになった。
 
どうなん?どうなん?常連の方々さま。
 
その応えを知るには、自らがカウンター席で飲み潰れてみるしかない。
N.F


 

みらのないと

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ミラノナイト.JPG
先日、様々な分野の企業やデザイナーの方々にご参集いただいた。
 
 
「世界のヒノキ舞台でどう戦うか。マニアックかつ超楽観的な夕べ」・・・題してミラノナイト。
 
 
私がミラノで出会ったcrazyなものづくり野郎との「甘く切ない一夜」を大型モニターでプレゼンさせて頂いた。

  /ベニスの海中杭が不思議な家具に化けるはなし。 
  /一本の糸を編む技術でインテリアそして建築を征服しようとする企業のはなし。
  /木を偏愛しプラスチックを憎むイタリアンファミリーのはなし。

その他、この他、マニアックな技術論から販促アイデアまで、ワインの力を借りながら
ご参集の皆さんの話もシームレスに迷走した。 
 
イタリア狂でも何でもない私が、技術やデザインの試金石としてなぜミラノを選んだのか。。。
 
この夕べの集いで確信した。
 
 ・ものづくりに必要なのは、己の独自性を偏愛するcrazyさ。
 ・世界に広めるために必要なのは、行動力と語学力と資金力。
 
課題山積ではあるが、まずは「試金石」がないことには漸進もかなわない。
机に向かって成功を妄想していても時間の無駄なのだ。
 
 
ミラノナイト
 
 ご出席の皆様
   アートリンク  遠藤木型 サトウアサミデザインオフィス
   24K  東邦木材  日新インテック

 会場等のスポンサー様
   しもでメンタルクリニック  カムオンホール パティスリーRAKU

 主催
   p.b.V
 
 
自身の体験を披歴するときには「マニアックかつ超楽観的」であることが大切だ。N.F
聞くVS話す.jpg
プロデュース学、恐る恐るはじめてみたい。
 
すべてのはじまり、それは「聞く」こと。
「聞く」と「話す」、どちらが難しいかと聞かれれば、断然「聞く」だ。
 
この場合の「聞く」は、聞き流すというより「堰き止める」に近い。
相手の怒涛のような意見や考えに押し流されないように、
這いつくばりながら「堰き止める」のだ。
 
「堰き止めた」考えを何度も何度も考え直すことで、ようやく「話す」に
転じることができる。
 
 
話は飛ぶが、大学の教育現場で感じたことは以下に要約できる。
 
  ・話す力やプレゼン力を伸ばす方法論は蓄積されている。
  ・一方、「聞く力」を養う方法論については壊滅的である。
 
「話す専門家」である教育スタッフには、プロデュースにとって
一番大切な「聞く力」を授けるための戦略がないのだ。
教育現場での私自身の限界はまさにそこにあった!!
 
 
そんな過去の話はいい。そうだ、そう、「聞く」、まず聞く。もう徹底して聞く。その話しだ。
「聞く」途中で「話す」ことを考えてはいけない。
話したくても、ぐっと飲みこまなければならない。そこに筋力と精神力がいる。  
 
すこしまとめてみると仕事をプロデュースしていくためには、
「話し上手」「プレゼン上手」であることよりも以前に
アスリート並みの体力をもった「聞き手」であることが求められる。
 
写真は日本の強豪ラグビーチームの夏合宿、
徹底したチーム改造に取り組んでいた2年前のミーティング風景。
 
「聞く力」は「求める力」にほぼ等しい。
 
そんなことを感じる光景だった。
N.F