2011年12月アーカイブ

meからWeへ

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お礼.jpg
   me,
   We.
 
 
(俺は、俺らすべてだ)
 
こんなこと自分以外の何かを「背負ってる奴」にしか出ない言葉だ。 
 
ボクサー、モハメド・アリのシンプルで深い言葉を店名に頂いたおかげで約2000日を全うすることができた。
 
心が折れそうなとき、お店の存在は「me(私ごと)を超えたWe(我々の事柄)」だと、心身を覚醒させることで乗り切ることができた。 
 
 
年明けからは静まり返ったオフィスで仕事に打ち込む。取り組むべき課題は山盛り状態だ。
 
しかし我々が生み出す線の一本一本が、meではなくWeを表現することを忘れずに行きたい。 
meは完全に卒業。我々はWeに向かう。
 
それが十分達成可能に思えるのは、2000日に及ぶ強烈なインプットの賜物だ。
 
 
 
 
 
 
この数日、多くの方に来ていただきありがとうございました。
肝臓はくたくたですが、良い年明けを迎えられそうです。
 
 
 
皆様にも、来年が良い年でありますように。
2011.12.31
N.F

cafe me,We. 店じまい

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meWe閉店.jpg
今年末をもってp.b.V併設のcafe me,We.を閉じることにした。
 
約9年間、設計が本業の我々にとっては試行錯誤の連続だった。
 
飲食店経営のノウハウもなし。ビルの3階というわかりにくすぎの立地。
 
しかし、本業で「モノづくり」に打込めば打込むほど、体は「決して形にならないもの」を求めはじめた。もう10年以上前の話である。これは本能としかいえない。 
 
並みのモノづくりの域を脱してクレイジーなモノづくりに移行するには、相応のインプットが必要となる。
 
それも骨にクイ込むような・・・
 
私はそのインプットを「自らの店づくり」に求めた。 
 
お店を通して、街や人という形の無いものと向き合うことが、有形物としての建築に接近できる唯一のインプットだと考えたからである。
 
 
経営上のギコチなさは3年ほどで解消された。5年を超えた辺りから、お店に訪れる人たちの声や気持ちがよく理解できるようになってきた。
 
金は儲からなかったが、人は儲かった。本当に儲かった。
 
いや、正確にいうならば本来金では買えないほど高価なインプットを格安で購入できたというべきだろう。
 
この店を通じて、街や人に貢献できたこと。そして授かったインプット。すべての帳尻が合ったところで、「お開き」にしたいと思う。
 
ちなみにp.b.Vオフィスはそのまま残る。
 
年内は31日まで営業します。夜は私もお店で飲み明かします。無形のものと語らいながら。
 
約2000日、本当にありがとうございました。N.F

Seep out  

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seep out!.jpg
The walls are made of clay boiled in oil.
As time went by, the peculiar design was made of itself by the oil seeped out.
 
-この壁は油で煮た土で出来ている。
 時間が経過するにつれ、滲みだした油により、一風変わった表情に変化した。
 
                       龍安寺 拝観パンフレットより
 
 
ファイナルQ : 平面上に奥行をつくる技術とは?
 
数か月間この手強い問いについて試行錯誤を繰り返して来た。
seep outとは「滲みだす」という意味だが、
「平面上の奥行」という矛盾は、この技術操作なしには不可能なことが判って来た。
 
これはあるプロジェクトのための技術開発である。
同時に、来年のイタリアの世界的デザインイベント、ミラノサローネにも出展を目論んでいる。
 
 
都市の喧騒の中に、いつまでも、いつまでも、眺めていられる
いわば癒しと浄化と集中のためのデザインである。
 
 
とにかく「seep out=滲みだす」という拝観パンフのお言葉にしがみつき、
何とか「光の滲み出し」というアイデアに到達した。
 
しかし、透過や反射という光の性質を「滲み出し」に昇華させるには
技術的な開発を必要とした。
 
いくつかの企業や技術者の協力を経て、なんとかカタチになろうとしている。
 
ものづくりにおいて、楽しさと辛さが交錯する時間帯が続く。
 
滲み出そう。 
そうだ、滲み出すのだ。 
 
滲み出すように、年の瀬を迎え、
滲み出すように、新年を迎えたい。
そして、
滲み出すようにプロジェクトが完成しますように。
N.F

キリトリ

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斬り取れ.JPG
私の小学校の恩師、S先生が還暦を迎えた。
S先生は「様々な試み」で幼い我々の感性を刺激した。
その一つが「己をキリトル」というものだった。
 
それは「ずるむけ」というミもフタもないタイトルの文集づくりだった。
 
当初S先生は「太陽」というまぶしいタイトルを予定していたが、
「まぶしいければええんや~」という操縦不能の小学生による豊かな発想力で
「ずるむけ」と「なまはげ」の2択となり、投票で前者になった。
 
 
いずれにせよ、生徒たちは自らが選択したミもフタもないタイトルに向き合うはめになったのだ。
 
結果、身構えた作文ではなく、ありのままの己を文章でキリトルという非常に高度な
試みとなった。
 
生徒たちの少し硬かった文面も、次第に加飾のない「己のキリトリ」に進化した。
 
切なくて、残酷で、痛くて、かゆくて、生真面目で、シンプルで、ユーモアのある文章が
ぎっちり詰まっている。
 
約30年ぶりに再会したS先生や同窓生から「ずるむけ」の思い出を聞くうちに
なぜ私が「己のキリトリ」にこだわり、ものづくりや作文に向き合うのかを
突きつけられる思いがした。
 
仕事のあれやこれや、その他のあれやこれや。脳裏の輪郭がボケボケの状況から
脱出するためには「己のキリトリ」しかないのだ。
 
キリトッて、キリトッて、それらを丁寧に建て込んでいくしか前進の方法がない。
こまったことに。。。
 
祝宴当日、卒業式以来の「出席」をとるS先生の足元に記念品の赤いシューズ。
 
「最高の絵ヅラやん。」と写真をとっていたら、出席とばされた。
「せ、先生、おれいますぅーっ。」N.F