2011年4月アーカイブ

人情紙風船

|
人情紙風船.jpg
この題名の映画のセットはすごい。
幅より奥行きの方がずっと長いのだ。普通は逆だ。
 
奥行きが長いだけではない。正面突き当たりには3階立てくらいの石垣がある。 
 
この狭い線形の空間の奥から前面に向かって、波状攻撃のように人物が行きかう。 
そして遠方の突き当たりの3階立てにも垂直に人がウゴメイテいる。
 
間狭で立体的な空間において会話と出来事が同時多発し、映画は活性化されるのだ。
 
 
これは舞台セットについてのオタク的な豆知識自慢ではない。
もちろん借家についてのはなしをしたいのだ。 
 
 
全ての借家形式は専有部と共用部に大別できる。 
 
借りている部分だけでは生活は決して成立しない。
共用部分こそが生命線なのだ。 
 
借家であるということは、大家がいることも同時に意味する。 
 
この映画では共用の路地空間を大家が店子に囲まれながら移動するとき、映画のストーリーは加速的に展開する。 
 
 
 
貸す人VS借りる人 
 
ここに緊張感がみなぎる。
 
 
憎悪も共感も、敵対も連合も、根回しも衝突も
 
生存への感性はここで培われるのだ。
N.F
 

やっぱり借家やね

|
借家考.jpg
この舞台セットはすごい。完全3階建て、合計9室が全望できる。
 
空間のサイズや形は均一だが、全く違うインテリアが
9通りのドラマの発生と混乱と収束を十分に予感させる。

セットの手前にあるステージ上の空間はストリートに見立てられている。
 
[9室 × ストリート] の掛けあわせで脚本のバリエーションは無限だ。
 
これがロシアの歌劇であることはどうでもよい。
大切なのは街の主役が「借家」だという事実である。

誰が何と言おうとそうだ。
 
江戸時代、いやギリシャ時代からそうに違いない。
それが長屋だろうがアパートだろうがマンションだろうが、それはどうでもいい。
 
「持ち家」ではなく「借家」であることが街に軽快感と親近感と活気を与える。
 
街は所有の対象ではなく、貸し借りの場なのである。
 
そうでないと面白くない。

 
この偏見と飛躍に満ち満ちたテーマにはたしてオチはあるのか。
 
自信はないが、数回に分けて考えてみたい。
N.F

距離をこえる

|
距離をこえる.jpg
群馬県blanc cafe建築現場からオーナーの手による完成間近の写真が送られてきた。
築後10年の複雑な増床工事なのだが、私はこの現場に二度しか脚を運んでいない。
 
なぜか?
 カネか?ジカンか?
 行きたくなかったのか?行けなかったのか?
 
そのいづれでもない。
 行く必要がなかったからである。
 
我々はオーナーと施工者の両方に対し、長年の信頼関係がある。
信頼しているだけではない。
建築の細部や仕上がりについて「共通のセンス」を有している。
 
それでも、わざわざ行かなければならぬ理由があるとすれば
 /共通のセンスを超えた提案を押し付ける場合。
 /施工方法がさっぱり伝わらない場合。
 
800kmを隔てて工事監理が成立するのは
IT技術の進化によるのではない。
必要なのは「共通のセンス」を死守するお互いの姿勢である。
 
300km離れた稚内でも、微妙なニュアンスのデザイン監理が成立しているのは
クライアントや職人と「共通のセンス」を確認したからである。
 
札幌を中心に計1100kmを克服できる事実は、私にある命題をつきつける。
 
震災復興についてのp.b.Vのスタンスを決めろ!
そんな切迫感に悩まされてきた。
多少の義援金以上、なすすべがない。
どうするか?・・・
 
 
 「センスを高くもって眼前の仕事に集中する。」

 
1100kmに対する感度を磨くことで
ようやくこの境地が見え始めた。

直接のボランティアが出来なくても、
復興計画に参画出来なくても、
ストレスを背負い込むことは全く無い。
 
仕事に集中しよう。被災地に届くようなセンスの高さをもって。

 
目の前の困難ないくつかのプロジェクトの景色が、急に変わってきた。
N.F
 

実 測 症

|
実測症.jpg
p.b.Vの総力を投入して「デカさ」と闘っている。
2万㎡の床面積を実測しているのだ。
壁のちょっとした窪みや、ドアの状況、照明やスプリンクラーの位置など
細かい変化も容赦なく計り録る。

そんなに大きな容量の再利用を計画するのに、「コマすぎるんじゃない?」
と世間は我々を嘲笑する・・・

・・・してないか。
いや、してくれても結構。むしろ嘲笑してくれたほうがいい。
我々はもっとコマくなれるんだ。
 
 
 
「デカさ」を支配するには「コマさ」を克服しなければならないのだ。
 
 
計り込むほどに2万㎡は実感として膨張していく。

しかし、今はそのデカさについては考えないでおこう。
 
計れ!計れっ!計るんだ、、、、、、、
、、、、、
ジョーーーーー!
 
あっ、いちゃった。N.F 

第三の質感

|
第三の質感.jpg
日本最北の稚内でも、集中力に満ちた作業が続いている。
ここは都市の未来を構想する有志らのアジトである。
 
完成後は「対話、交流、企画、行動」が絶え間なく繰り返されるのだ。
 
 
/町内から集めたネンキ入りの家具や照明。
/職人が新たにつくった、カラ松・ドド松・メジロカバのインテリア。
/随所に露出するビルの古いマテリアル。隣接するゴルフインドア練習場。

 
我々は当初、新旧のコンビネーションが居心地良さを演出するのではと
考えていた。
 
しかし全体像はその意図を超えつつある。
 
 
窓外には太古からのカラフトが遠望され、
室内に目を移すと戦後の近代化が凝縮されている。
 
新しいとも古いとも表現できない「第三の質感」が生まれつつあるのだ。
 
小ささの集積が大きな展望を切り拓くこのプロジェクトを通して、
「第三の質感」のもつ力と意味をp.b.Vは整理する必要に迫られている。
N.F