2011年3月アーカイブ

カク、ハル、スル、ホル.jpg
看板サイン製作のアートリンク社を取材させていただいた。
 
 
地下鉄、劇場、シネコン、高速道路など公共的空間において「目立つ」モノ全てを製作する会社だ。
 
 
看板製作の歴史を勝手な想像でまとめてみる。
 
/カ  ク 
その昔、看板は「書く、描く」だった。
ビミョー、チョイ似のスターがならぶ映画看板は手書きの成せる技であった。
似ているばかりが能ではない。
「ちょっと、どっか変だよね」とファンの気を引くだけでも看板効果は成功だ。
 
 
/ハ  ル
次に、大きな印刷機と耐候性シートの登場が、看板を「貼る」に進化させた。これでビミョー、チョイ似は一掃された。
   
 
 
/ス  ル 
貼るという職人技の工程を省略する技術が登場した。
大きな盤面に直接「刷る」のだ。
色んな所に刷れる。平らなら木でも皮でも絨毯でも刷り込める。
いずれにせよ人件費と納期は大幅に短縮され、貼りこむ職人の姿を見かけなくなった。
 
 
 
/ホ  ル 
現在の技術は「彫る、掘る」ところまで来ている。表現は格段に立体的かつ複雑になった。しかしデザインとしては未消化だ。


カク→ハル→スル→ホル
 
この技術進化は視覚情報にどう影響するかわからない。
 
いえることは、私が看板だらけの雑然とした街並みで育ったせいか、看板が好きかも知れないということに最近気付き始めたことだ。(まわりくどい)
 
 
 
 
あらゆる作業工程の説明を受けたあと、分厚いダンボール製の試作棚をみつけた。 
 
我々が探していたのはこれである。軽量にして硬質な特殊ダンボール。国内でも数社で生産開始されたばかり。 
 
さっそく業務提携とあいなった。
 
目前のいくつかのプロジェクトで鍛え上げ、近い将来には東北の仮設住居の強力な武器となることを祈って。
N.F 

 
 

 

 

 

集中力

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光.jpg
何千、何万もの家屋が壊れていく残像を脳裏に刻みながら、たった一つの木造建築に精気を吹き込む作業が続いている。
 
先日、計画停電とやらで混乱する南関東を避け、blanc cafe建築現場のある群馬県敷島へ新潟側からアプローチした。
 
 
夕暮れ前にたどり着き、屋根裏へ上がり息をのんだ。
 
 
10年密閉されて来た空間に「弱~い」光が差し込んでいる。
 
「小さい」ながらも確実に新しい生活ステージの誕生を予感させるものだった。 
 
息をのんだのは、停電やガソリン不足など困難な状況下で何かを生み出す時の人間の異常な集中力を現場で感じたからだ。
 


 
建物外周ではオーナー夫妻自らが紫外線によりグレーに変色した軒や破風板を丹念に磨いている。
 
足場の上で余震や強風にさらされながらも集中している。
 
そして地道な作業の跡には、新しいとも古いとも表現できない「第3の質感」が誕生していた。
 
 
 
 
「人間に備わる最大の武器・・・集中力」。
 
 
夕闇の蒟蒻畑を後にして新潟へ戻る車中、そのフレーズを頭の中で繰り返していた。
N.F 
 

Not Rest !!!

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Not Rest.jpg
キッチン館(やかた)は我々のオフィスの下階にあって、p.b.Vの社食の様な存在だ。
 
先代の主のころから約8年、我々はこのシブすぎる洋食屋で飲んだくれてきた。 
 
今、震源地から距離を隔てたこの店が危機だ。
 
大手電力会社が「悪しき自粛」をはじめ、外食や会合を全てキャンセルした。
館はこの大企業本社のお膝元として生計をたてている。 
 
 
この悪しき自粛は、消費活動において震災被害をさらに拡大するものとして許せない。
 
社外昼食禁止や会合のドタキャンにより,当月売り上げは壊滅状態とのこと。
 
 
この企業は、空気を完全に読み間違えている。
 
TVで繰り返される原発現場の説明態度と同じである。 
  
 
 
こんなとき、新渡戸稲造ならこう言う。 
 
 - Not Rest 休むな -
 
 
安易に空気を読んで、歩みを止めてはいけない。 
 
生活に支障が無い限り、消費活動はもちろん
イベントや会合の開催に躊躇をしてはいけないのだ。


さらに新渡戸は「休むな」の前に
 
 -Haste  Not   急ぐな -
 
ともいうだろう。 
 
 
あまりにも大きな災害に、我々個々は無力だ。
だから、「出来ないことは出来ない」 
 
しかし、「出来ることは遂行すべし」


新渡戸の有名な言葉
  -Haste Not   ,  Not Rest.-
は、過酷な状況を切り抜ける唯一の境地だ。
 
これ以上、これ以下はありえない。 
 
  
電力会社社員が、外で飯をくい、会合で談笑していても
誰も、文句はいわんぞ!聞いとるか! 
 
むしろ、空気を読んだ行動だと私は讃え、ハイタッチを求める。
 
N.F


Good コーチ!

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伝える.jpg
仕事で迷ったら、私はスポーツに前進のキッカケを求める。
 
とくにコーチングから学ぶことは深い。
一年前に目の当たりにしたレッスンの記憶を今も大切にしている。
 
ラグビー世界最強ニュージーランドAll Blacks元コーチのマイケル・バーンは、ラグビーという複雑なスポーツを明快に整理している。
 
いい歳のオッサンだが、今は日本代表の技術コーチだ。
 
  
私が発見した要点は以下である。
①「何を教えるか」より「なぜ教えるか」を語る
②パスなどのプレー動作を最小の部品に分解して見せる。
③良い部品の見本を実践して解説。
④再び、各部品を一連のプレー動作に組上げる。
 
 
②③④は自動車の生産ラインの説明の様だが、これまで漫然と見ていたパス、キックなど一連の動作が「精巧な部品の集合体」に見得るから不思議だ。

①の「なぜ教えるか」は、ラグビーの歴史的背景とプロ化が進む世界状況の中で日本人プレーヤーが優先すべき課題の整理である。
  
 
大きな背景を認識しながら、最小部品の研磨に励む。 
 
 
言葉にすると当たり前すぎるが、大と小の突き詰め方が重要だ。 
  
中庸と落し所を気にしていては、この魅力あるギャップは産み出せない。 
 
 
p.b.Vはあるプロジェクト開始を目前にGoodコーチから「冴え」を貰いたいと切望している。 
 
余談だが、バーンさんはパスやキックに加えて、スクラムやラインアウトも同じ手順で教える。しかも実践しながら。 
 
サッカーでいえば、ストライカーとゴールキーパーを、 
野球でいえば、投球と打撃を、
建築でいえば、構造力学と設備工学とデザインを、

     それぞれ一人で教えるに等しい。

専門分野化が進行するナガレの中で、新鮮で力強く感じる。
 
大きな背景整理と最小部品化が産み出すギャップが、プレーヤーのモティベーションになることを知り抜いているから、バーンさんにはラグビーというひとつの競技に半端な専門分化は邪魔なのだろう。  
 
ちなみに、こんなにすごいレッスンを受けても、私のラグビーには目だった上達が見られなかったという事実も報告しておかなければならない。
N.F