2010年10月アーカイブ

人的財産蓄積ノ瞬間

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戦場.jpg
プロジェクトが完成すると、現場で関わった方々と会食をする。
  
我々はこの瞬間が「打ち上げ」にならない様に細心の注意をはらう。
  
宴はゴールではなく、次なる仕事への人的財産蓄積の瞬間なのだ。
  
この日の宴にも様々な業種の方々が一同に会した。  
  
酒のマワリとともに、次第にものづくりへの想いが熱く語られる。  
  
非常に専門的な技術論も、酒のせいかすんなり頭に入る。  
  
参加者の職種は大別すると二つしかない。設計する人と作る人。
  
作る人は設計する人に攻撃的にまくし立てる。
「我々の技術に必要なのは答えではなく問いかけだ!」
「技術の可能性を吐き出すためにもっと難題を出せ!」
  
  
求められているのは・・・

設計者が机の上で自己完結的に考えた、
安易な技術的解法にたよった、
カッコだけの答えではない。

熟練職人を本気モードにさせる、
技術的野心に満ち溢れた、
フツウのカタチとして結実する「問い」なのである。
  
  
作り手が快哉を叫ぶほどの「問い」をつくるのは難行である。常に「ものづくりの戦場」に身をおく以外にはない。

夜もふけ、財産の蓄積が確認できた後、ようやく「打ち上げ」モードに入る。
  
どの店にいったのやら・・・?
何を唄ったのやら・・・?
いくら払ったのやら・・・?

今日の私に必要なのは、むしろ「答え」なのかも知れない。N.F
朝倉さん.jpg
ついにこの時が来た。
  
20代のころ私は舞台・映画セットの仕事に憧れた。その火付け役となったアヴァンギャルド少女こと朝倉摂さんとの御対面である。
   
結局は建築の道に進んだ私だが、貴重なこの機会に多くの質問を投げてみた。
問答のごく一部を紹介すると・・・   
   
問1「仕事の原動力は?」
  
答1「空間体験の蓄積」
    
問2「仕事をしてみたい場所は?」
  
答2「スピリットの宿る空間」
(例に、ご親友・安藤忠雄大先生の小さな教会を挙げられた)  
  
問3「建築とセットの違いは?」
  
答3「設置される時間の長さ」 
  
問4「舞台上で一番大切な場所は?」
  
答4「中心」
  
問5「ご自宅の仕事場にある大量の蔵書は?」
  
答5「夜中に図書館は開いてないから」 
  
問6「セット製作の発注方法は?」
  
答6「発注額により3社ある。安い所は下手。」
  
  
簡潔に答える姿勢は、心に謙虚さと冴えが同居している証しである。  
  
単に絵柄をデザインしているのではなく、素材選択から工法まで「ものづくりの戦場」を生き抜いている人間に特有のオーラが発散していた。
  
若き日の憧れという淡い記憶のベールの向こうから、突如飛び出してきたアヴァンギャルド少女。  
  
朱のメガネに紅い髪のインパクトは、20余年前の私の初心「セットの様に街や建築を考えられないか?」という問いに立ち返る契機を与えてくれた。  

  
それは世の流行に囚われることなく、限定された環境や状況を
「軽快に、重厚に、複雑に、簡潔に、素早く」カタチにする姿勢である。 
  
「小難しい事をしゃべってる暇があるなら、やってみれば?」
「ういーっス!」
N.F

制約なき選択 

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制約なき選択 1.jpg
去年、ある学生が自分の卒業設計に、次の様な感想を残した。
  
「本当はつくりたくない建築を、涙しながら描く。」
  
卒業設計は「制約のない選択。」
全てを決めるのは己だ。
学生の感想は、その困難さをよく伝えている。 
  
最初は面白そうに思えた案でも、最後にその力を信じることが出来なかったのだろう。
  
  
気がつけば10月、今年も卒業設計の季節がやってきた。先日、北海道大学でも最初の講評会が行われた。非常勤講師として、毎年わたしは完成までのプロセスに立ち会う。                                              
  
/ARY案
大学キャンパス内の歴史的建築物の改造を提案した。
/UGI案
環境をキーワードに、緑化された多孔質の建築物を提案した。
/SAT案
都市の短期居住者の存在に着目した、アナグラとヴォイドを提案した。
/TNB案
「性的好奇心」開放の場として、新たな温泉場の在り方を提案した。
/NAG案
破綻した炭鉱町に、新たなコミュニティの場を提案した。
/HAY案
都市近郊の農地に、街と田畑の間に生態系のための回廊を提案した。
/FUT案
住宅街の家々の間に、立体的な近隣付合いの仕掛けを提案した。
/MIY案
団地の老朽住棟の内部を、設備コアを中心に改造する提案をした。
/YAM案
北関東のある街の駅前商店街の再生を提案した。  
  
  
これから4ヶ月間、「己と向き合い」ながら案を磨く。
その助走としては、どの案も「答え」にこだわり過ぎている。
   
「答え」は気まぐれだ。導いてくれることもあるが
見失うこともある。   
  
「問い」こそ必要だ。  
-何で自分は「新築」ではなく「改造」したがるのか?
-「人と人」がつながれば、何がうまれるのか?
-そもそも、提案に「建築」は不可欠か?
-自分の「生まれた街」は、他の街とどこが違うのか?    
  
「問い」をつくる原動力は、己へのコダワリしかない。
   
自分がどんなやつで、何が好きで、どこへ行きたいのか?  
  
日々の勉学に励みすぎると、「己への感度」が低下する。 
  
  
まだまだ、はじまったばかりである。
「答え」より「問い」を。
  
「あっ、それも誰もがつい答えたくなるような図ブトーいやつね。
答えなんてその内、向こうからあらわれよる。」
   
  
うまく伝えられなかったけど、そんなコメントを言いたかった。
N.F
ダークグリーン.jpg
今、自分が掴もうとしているのは「答え」か「問い」か。
   
仕事をするとき、いつもそれを悩む。
   
  
「答え」のレベルは自分の成長度や状況により気まぐれだから
結果が「負け」の場合は非常に脆い。
眼前の答えはすぐに消え、次なる答えを探しはじめる。

  
  
一方、結果がどうであろうと「問い」は頭から消えることはない。
常に挑むべき目標であり、闘う動機となりえる。             
  
   
私が応援するラグビーチーム「ダークグリーン」は
毎年、宿敵「ライトブルー」と決勝を争う。
  
僅差勝負はダークグリーンが「答え」に頼っているときだ。
「答え」さえ曖昧になるときは、確実に負ける。 
  
しかし、今年は冴えている。
「問い」を柱にチームをつくったからだ。
  
-試合80分間、すべてを集中できるか?
-攻撃と防御、どちらを優先させるか?
-全部員で闘うためには、何をすべきか?
  
これらは古典的だが図太い「問い」だ。
答えは無数に考えられるし、結果についても
その意味合いを深く汲み取ることができる。
  
一喜一憂とは無縁。
  
  
多くの「答え」を平気で犠牲にできる
図太い「問い」の重要性は、  
ものづくりの仕事でも同じである。
   
  
図太い「問い」は、最後の最後には、信じるに値する
図太い「答え」を産み落とす。   
   
圧勝にも関わらず、淡々と謙虚に敗者と向き合うダークグリーン
がそれを表している。  
N.F
にごり江.jpg
昔、舞台や映画のセットに憧れていた。
その動機は一枚の写真である。
                                          
                                                              
それほど大きくはない舞台に、家・街・地形・宇宙がギッチリ詰め込まれていた。私の感想は以下の様なものだった。              
                                                       
-よくまぁ、こんなに詰め込んだものだ。
-裏側はどうなっているんだ?
-役者は迷わないのか?
-階段で転ばないのか?
-お月様は大きすぎないか?
                                                                                        
最近、25年ぶりにその写真に再会した。
今度は、ほぼ原寸の大きさで。
やはり同じ感想をもった。

少々、構成上の無理はあっても                     
つくり手はセットの魔力を信じきっている。
                                  
-事件はセットで起こるんだ!                           
                                            
この舞台美術家の個展会場で、膨大なスケッチを見て自信満々の理由を納得した。

                                        
「下手な考え休むに似たり。手数は自信に変わる。」                             
                                                       
この単純な事実を信じる謙虚さこそが才能だ。   
                                                                          
憧れのアヴァンギャルド少女、朝倉摂(せつ)さんは90歳の今も自信満々で仕事をしている。N.F

解体現場

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解体現場.jpg
たまりにたまった模型の山を処分した。
一年働くと、手狭でもない事務所は模型に埋め尽くされる。
                                                                                         
別に模型づくりが好きという訳ではない。
つくらないとわからないから仕方なくつくる。
                                                                        
イケてる案もそうでない案も、一瞬で見分けがつく。
立体はいつもフェアだ。
                                                                        
毎回、信じるに足るカタチにするのに、あんなに時間がかかったのに無に帰すのは一瞬だ。

だから、破壊する瞬間の爽快感はタマらない。

バリバリ、バリバリ、バリバリ。。。
メリメリ、メリメリ、メリメリ。。。                                                                               
                                                                                                                 
あっ、これっ!?・・・
N.F

                                                                

面 構 え

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アジト.JPG
構想を事業化するに際し、活動拠点が与える印象は重要だ。                                              
                                                  
要は、面構え(つらがまえ)の問題だ。                                                                                                               
                                                                  
長々とした能書きよりも、事業姿勢の根幹が瞬時に伝わってしまうからだ。                                                                                                                                                  
                   
あるいは逆かもしれない。大切な事を瞬時に伝えるツールとして「面構え」を活用するべきなのだ。                                                                           
                                                                                                      
面構えを造り出す要因は、
-「建築物」そのものなのか、
-趣向のある「家具やインテリア」なのか、
-話題性のある「イベント」なのか、
-そこに「集う人の属性」なのか、
-あるいはもっと大きな「街や環境」なのか、
それは状況により様々だ。
                                                                                                                                                                稚内の有志が街の将来構想を事業化しはじめた。我々は築50年のネンキの入ったビルを利用した拠点づくりを依頼されている。
                                                                                                             
重要なのは、「何か」を曖昧にしないことである。
-長期の将来構想に耐え得る初期値としての「何か」。
-事業に迷走した時に立ち戻れる源泉としての「何か」。                                                                                                                                                                                                          
                                                                                                            
我々の仕事は空気中を漂う「何か」を感じ取り、それにカタチを与えることである。
                                                                             
「何か」が「何もの」かになり、事業者自身がそれを信じることができれば事業の足腰は定まる。
                                                                    
「面構え」とは、己が「何もの」であるかを語るもので
なければならない。
N.F                                                            
04_T14.jpg

大正14年、この年の6月5日にこのまちに2度目の大火が起きます。
前回の大火から30年後のこと。

悪戯によって一軒の家から出火した炎は、朝から吹荒れた強風と異常乾燥の気象条件によりみるみるマチを襲ったのです。

この大火では、約400軒の商工業店が全焼したとあります。
大火が起きた地域は、商いの中心的地域であったこともあり被害が拡大したようです。

前回の大火から30年かけ築いてきたものが再び大火によって奪われる・・・。
さらに、皮肉にも前の大火にのみこまれた場所も再び大火に見舞われています。

でもこの大火がマチの発展に、推進力を与えたのではとも思うのです。

個々が、コツコツ日々の生活をより良いものにしてった結果、マチが発展していたというのが自然な流れだと思います。

しかし、逆らえざる負えない大きな力で、無に返った場所を新たに復興させる。
この同じ目的に向かい皆で力を合わせ奮起することが、無に戻ってしまったマチを自然な流れよりも、何倍も速く発展させることに、繋がるのではと思うのです。

もしかしたら、この大火がマチの発展に大きな役割を担ったのかも?


なんて考えていたら、大火を経験していない人間が何を呑気なことを、とマチのご先祖様方に怒られてしまうでしょうか。
M.T