2010年3月アーカイブ

一つ屋根の下.JPG
6年ほど前に引き渡した家の様子を見に行った。
                      
この家の構成はコンパクトだ。1階は7m×9mのコンクリート製の箱に車庫・居間・食堂・浴室・納戸が収まっている。その上は全部屋根裏で「ひと続き」のネグラ空間になっている。

夜は家族全員で一つ屋根の下でおしゃべりをしながら眠りにつくのだ。設計中にはそんなことが可能なのか半信半疑であった。

築後6年、高校生と中学生になった姉妹は、頭を寄せ合い一つ屋根の下で寝起きしていた。しかもすぐ隣には低い壁を隔てて両親のベッドがあるのだ。

                 
この建築が直面した脅威とは「豪雪」である。建物に大きな負担となる雪を屋根に溜めたくなかった。そこから急勾配の屋根が現れた。1階は周囲に山積みになった雪の圧力に負けないために強固なコンクリートの箱になった。

家の形はおよそ「現代的」とはいえないが、生活空間がひと続きとなっているインテリアは「古代的」でさえある。
その空間で楽しげに生活が成り立つのは、おそらく家族関係が「超現代的」だからであろう。
                          
こんな家で思春期を過ごした子供はたくましいに違いない。
そんな風に信じたくなる暮らしぶりだった。
N.F
                                                 

老人ホームの火災

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老人ホームの火災.jpg
      65・74・81・85・88・89・92。

3月13日未明の老人ホーム火災で亡くなられた方々の年齢である。要介護の度合が高く、自力で逃げることのできた人は殆どいなかったという。

火に包まれながらも身動きすら出来なかった方々の恐怖の大きさは想像できない。

最近、高齢者向けの住宅供給が次なるビジネスチャンスとして注目を集めている。p.b.Vにも提案依頼がいくつか来た。
我々はこの火災現場に花を手向け、手を合わせることから始めようと思った。

身体機能も認識能力も極めて低い人のための建築であることを忘れてはいけない。
バリアフリーとかユニヴァーサルというようなデザイン指標のレベルの話ではない。

                                                                  
未来の建築は、「ある人たちには建築それ自体も脅威になる」という命題をも突きつけてくる。
               
謙虚になろう。冴えた発想をもとう。誰のための建築なのかを錯誤しないようにしよう。
                                          
札幌郊外のまだ肌寒い住宅街で、その様なことが頭をよぎった。N.F

まち模型の竣工.jpg
クレイジーな作業の連続が身をむすんだ。岩見沢マチ住まい倶楽部の方たちによる街の模型の完成である。企画から約一年、p.b.Vは制作についての助言とサポートを行って来た。

駅前中心街の全ての家屋・ビルを写真にとり、施工用断熱材料から切り出したブロックに貼り付けた。くたびれた建物の写真とpoorな灰色ブロックのコンビは、全体としてこの街の気分を表現している。

そしてこの模型はミニチュア的な楽しさとともに、街が成長と衰退の分岐点にいるという脅威をも体現している。

開発の意味と価値を測るための火種になるか。
"地主への出前"のように、街角ごとに持ち運べるこの模型の次なる役割は重要だ。

                        
完成した模型の詳細については当社M.Tのレポートに譲る。

                                              
スタート時に模型作業には無縁だったマチ住まい倶楽部の方々の、
奇跡のような奮闘に敬意を表します。N.F

わき役の心得

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sagra.jpg

イタリアンレストラン「sagra」で食事をする。


どのメニューを見ても目移りするものばかり。
ひとつひとつに○○産の○○、中には○○の○○さんと作り手の名前まで載っている。
迷った挙句にいくつかのメニューを選ぶ。


ひと口   沈 黙
ひと口   沈 黙   
ひと口   笑 顔


この一口食べた瞬間の感動はなんだろう。
この心から湧き上がる喜びはなんだろう。
料理ののったお皿をじっと眺める。


生産者の愛情こもった美味しい新鮮な食材。
シェフの愛情のこもった手の込んだ料理。


しかしそれだけではない何かが私の心を動かす。

そう、シェフは天からの恵を尊重し、いかにその旨みを引き出すかというわき役に徹しているのだ。


うにの甘みをひきたたせるパンナコッタ
豚のローストの下に隠れるねぎたち。
主張せずに食材に溶け込むソース。

すべて天の恵みをひき立てる料理ばかり。


愛情を持ってつくられた食材を愛情を持って料理し、お客様にお届けする。
この店は、いわゆる食の伝道師なのである。

主役をどう使うかはわき役次第。
そしてシェフはその配役をプロデュースし、演出する。


料理も建築も、主役をひきたてるわき役に徹したとき、人々の心を動かすのだ。
名わき役は 渋く、深く、心の底の情熱を持ち合わせている。
決して流されることなく、そこに存在する。
料理人も建築家も確固たるわき役を演出するのである。


sagraのシェフとは中学の同級生。
違う道ではあるが、同じものづくりをする人間として、共感するところは多い。
彼が築き上げた信念と味を更なる進化を遂げるため、今度は我々がわき役を演出する番である。


私は食事がすすむにつれ、この食事がかもし出す空気感を感じていた。
この料理に合う空気、色、素材などを頭で駆け巡らせながら、恵の恩恵に授かる。
Y.T.