2009年10月アーカイブ

旋回する渦巻

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先日あるTV番組を見た。日本のロボット作家が精密機械の聖地、スイスのウォッチヴァレーを訪ねるドキュメントである。「16世紀の宗教改革で仏や独から移住してきた人々が厳冬の間の内職として時計作りをはじめた。」のが世界的な時計産業の起源とのことである。

人間の手と感覚によらなければ組み立て不可能なくらい細微な部品。これだけ精巧だと組立工程をオートメーション化することは出来ない。ここではハイテクやロウテクの区別に意味はない。Tag Heuerなどの企業メーカーから個人経営のアトリエまで、時計づくりの根幹は同じに見える。

gyro tourbillon(ジャイロ トゥールビヨン)とは旋回する渦巻きという意味で、Jeager-LeCoultre(ジャガールクルト)というメーカーの製品名である。名は体を表していて、文字盤の窓から精巧に噛合ったギアが立体的に回転するのが見える。

テクノロジーとは「複雑さを単純さに」置き換える手段・・・という理解であったが、この製品の場合はどうも逆である。内部機構の露出や永久カレンダーとの連動など、さらなる複雑さを製作者自らが追求しているところがクレイジーだ。アートとテクノロジーが追いかけっこをしている。

まさにものづくりの戦場。

ウォッチバレーの一部であるラ・ショード・フォンは20世紀を代表する建築家ル・コルビュジェの生まれた街であり、彼も10代のころ時計職人としての教育を受けている。

全体としては、今回の話題は我々の仕事とは何の関係もない。

いまのところは、、、
N.F
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大学の建築学科では最後に卒業設計を行う。北海道大学都市建築学科でも4年生の秋からその製作が始まる。私は数年来非常勤講師として審査の過程に立ち会ってきた。10月15日は今年度最初の中間発表であった。卒計では模型や図面など必要提出物が決まっているだけで後は自由なのである。実はこの「自由」というのが「制約なき選択」を迫る。

・・・自分がどんな奴で、何が好きで、
  何を考えていて、どこに行きたいか。・・・

このような選択はどの人も日々迫られている。気づかないのは、心身疲労しているか、他人(社会規範)に合わせているか、あるいは重要な選択ではないか。そして選択の結果が検証される機会がないので、意識しないまま日常を送ることは可能だ。

卒業設計は、無意識に流れる日常を数ヶ月間「堰き止め」、大学生活で輪郭がボケた自分にエッジを与えるという一大イベントだ。他人と違う選択をした自分を立証できる絶好の機会でもある。


以下、頭に残った提案についてのメモ。

URさん:dialogue in the dark(闇中の対話)という近年の世界規模のイベントを題材に、視覚障害者にとってのバリアフリー化や、光と闇の関係を新しい空間の形として表現しようとしている。
計画地が札幌駅近辺となっているが、序盤の敷地選択としては唐突すぎる。
「北海道で光が一番美しい土地は?」これくらいの問いから始めてもよいのでは。誰かがいった「美しい闇は美しい光から生まれる」である。つまり「ウラ敷地」が必要だ。「オモテ敷地」で考えたラフ模型は少し窮屈そうに見えた。

KMくん:ニュータウン江別市大麻の長屋状のシャッター商店街を小学校として再生する案である。
全国各地のニュータウンは高度成長期の都市人口の受け皿として、人の住まなかった山林を切り開いて瞬時にできた街である。「街開き」のときに集まった人の主な理由は、通勤圏での住宅取得である。産業構造や人口構成がかわった現在、ニュータウンの衰退が問題になっている。しかし、これは政策的な背景に過ぎない。
この案は「住」ではなく、「教育」と「商い」に着目している点がおもしろい。しかし現時点では、どこかにすでに実在している企画の様にみえた。


TNくん:東京、JR中野駅の改築案。再開発など駅周辺に起こる街の変化に対し、駅全体をバイパスとして連続させる案。
提案の背景には生まれ育った場所への愛着を感じた。しかし愛着のみで切り込むには、複雑で大きすぎる既存駅の現状。その無防備さが卒計らしいが・・・。今後この案への否定意見が多くなることは予想される。しかし、むしろそれを糧として that's it! を模索されたい。


HSくん:九龍城のような、自然増殖的集合住宅を札幌市円山の裾野に提案。
集合住宅を計画的・効率的につくることは住空間として本当の豊かさをもたらさない。提案の背景にはこのような、問題意識がある。これは現代住居計画学においてはアンチテーゼの王道であろう。
九龍城を例にするならば、「そこに棲息するべき理由」があるから、増殖を繰り返さざるを得なかったのだ。それが結果として特異な建築形態と空間の非計画的な多様性を生んだ。「抜き差しならない理由」が先にあり、形はそれに従うのだ。提案ではその順序が逆だ。形態遊戯にならないことを願う。

発表してくれた人は8人。上記以外の4人について簡潔にまとめると・・・

NMくん(釧路、小学校跡地、自然環境とライフスタイル)
TKくん(伊達、田園と暮らし、高齢福祉)
YMくん(函館、坂と建築、まちづくり大学)
OKくん(札幌、都市再生、既存建築構造フレーム利用)

案のキーワードは以上だが、まだ「最終選択」までの手探りだろう。

写真は、今春に完成した新しい建築スタジオ。秋の弱い光が美しい中での講評会だった。
N.F

見えないおいしさ

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13人のシェフたちのインタビューを集めた本「CHEF'S NOTE」。
そこに長尾彰浩の名前を見つけた。
p.b.Vが設計に関わったフランス料理店MARU:NIのシェフである。


長尾シェフはいう。
・・・「普通においしい」と「すごくおいしい」との違いには「見えないおいしさ」がある。
正直に料理を作ること。
丁寧に緻密な下ごしらえと手間を惜しまず手を抜かない。
料理を作業ではなく、一歩踏み込んで「作る」ということ。・・・

建築と料理は似ている。
職人性や芸術性、マネージメント、ありとあらゆる点で共通点があるのだが、
一番通じるところは「見えないおいしさ」である。

建築はただカタチをつくるのではない。ただ快適なハコをつくるのではない。
限られた材料や要件の中から住まい手、使い手の様々な想いを見出す。
光につつまれた時間や自然と対話する場所。
そこで佇んだり、話したり、笑ったり、「居る」ことのできる場所。
カタチにはならないものを「つくる」ということ。
その過程がすべてカタチになってお客様の前に運ばれる。
それが長尾シェフのいう「見えないおいしさ=すごくおいしい」につながる。

長尾シェフの言葉に「料理は人なんだ」とある。
どのように生きるか、その姿勢が問われる。
正直に作ること。
それが「あの人の料理が食べたい。」「あの家に住みたい。」
へとつながることを信じたい。

長尾シェフと私は同じ歳。
同じ作り手として、精進していきたいと思う素敵な記事だった。
ぜひ長尾シェフの料理を味わっていただきたい。
Y.T
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今進めている、岩見沢の街模型プロジェクト。
この進捗状況をちょっと報告。

試行錯誤を重ね、作業を進めています。
写真の取り方、印刷する紙、建物のブロックの切り出し作業と色々と気を遣う作業が目白押しです。


その努力が少しずつ実を結び、町の様子が見えてきました。
今まで、あると思っていたお店が閉まっていたり、新たに建物ができていたり、何気なく見ているだけでは、気付かない町のイマが見え始めています。

何気なく見ている町の風景を自分たちで作る作業は、自分たちの町を再認識することでもあるようです。



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模型作製は、岩見沢「マチ住まい倶楽部」のスタッフである女性3名で進められています。
そして、写真の手のひらサイズの模型は私の一番のお気に入り。
M.T

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札幌市庁舎玄関ホール東側をリニューアルする計画がはじまった。今年の1月に市内の社会福祉センターにつくった「元気カフェふらっと」の続編である。

「疲れた公共空間のヴァージョンアップ」   
我々の目的を要約すればコレしかない。

ソフト上の提案は札幌市立大学の学生を中心とするワークショップに委ねられるので、我々はそのバトンを受け取りつつもハードの設計に集中することになる。

計画場所の真ん中には、開拓使判官 島義勇の像がある。周囲が展示物などで雑然としているため、現状ではこの像に込められた都市建設の原点への敬意は完全に埋没している。庁舎完成後年月を経るうちに次第に埋没したのではない。史実をリスペクトするための周到で規律のある計画、そして少々のユーモアがなかったのだ。我々はこの事実を再考することからスタートしたい。
写真は1869年(明治2年)、厳冬の原野にあって都市建設の野望を抱いていただろう島義勇をイメージしてつくったラフ模型である。                      N.F
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2007年に完成したFLAT HOUSEは、我々のお気に入りの家でもある。30坪の平屋で、外観はなんとも良いサイズに納まっている。向かいのお寺の屋根だけが北側の大きな窓から見える、そんな家である。最近、オーナーのお母様が亡くなられた。生前の荷物を遺品としてこの家に引き取ることになったので収納を増やしたいと連絡があった。別棟増築案も検討したが、アプローチを兼ねた車庫にゆとりがあったのでその部分を収納部屋にすることで解決した。

この家の間取りは単純である。10m×10mを3等分し、アプローチ兼車庫 / 広間と厨房 / 私室と水まわり を三列に並べただけである。今回は1列目のアプローチ兼車庫の一部を収納にした。この家には廊下はなく面積が効率的に使われているので各空間がゆったりしている。それが計画時には不測であった収納の増床という事態を吸収することにつながったのだ。

工事が終わり、「大切な遺品をすべて収容できました」と連絡があったとき、計画当初は非常に複雑な構成になっていたこと、オーナーとの対話を重ねるうちに驚くほど単純になっていったことなどを思い出した。

「時間をかけた計画は時間に耐える。」恐ろしいことに逆もまた真なのであるが・・・

写真は完成後2年が経過し、住こなされた広間の様子。写真家の星野麻美さんがお寺の屋根が見える大きな窓と格闘している。