Void巡礼

Voidは虚空や無限という意味であるが、p.b.Vの創造の源となるこの言葉の意味を我々なりに追い求めてきた。
Void巡礼はその旅と発見の記録であり、未来の建築論である。



クック1779.jpg過去2回の大航海により南半球全域の状況をほぼ確認していたJamesCook探検隊は、1776年大英帝国の命により最後の未確認地帯に向かった。

「果てが見えないなら、どこまでも」・・・イギリスより大西洋を南下、アフリカ大陸南端からオーストラリア、ニュージーランドを通過し、ハワイ諸島を経由して一路北上。ベーリング海峡をくぐり北極圏に入る。

加藤肩吾の描いたホッカイドウが未知の磁力により北東に伸び上がるように変形していた18世紀末、Cookは既に北極圏に到達し、時には上陸しながらも執拗に情報を獲得した。糸の切れた凧のごとくベーリング海を激しく振動している航路がそれを示している。

目先の領土ホッカイドウの地勢把握に苦闘する日本。地球の地勢をほぼ手中にしていた英国。そんな騒々しさの犠牲になりつつある先住文明と奔放な自然環境。   
この三局の重なりに位置していたホッカイドウは、現代において「近代化」を検証する状況証拠である。そしてそれは建築の現在過去未来の語り部であることも意味する。

サロベツ原野.jpgホッカイドウの北西部サロベツ原野にたたずみ目を細める。標識や小屋など点在する人工物は姿を消し、風景の全ては天空・山並み・地面に還元される。それらは天井・壁・床で囲まれた空間のようである。都市では決して見ることの出来ない人間を包む「最初の部屋」が姿を現す瞬間なのだ。それを1st.ROOMと名付けたい。

全ての建築は人間と1st.ROOMの間に介在する。だから建築は1st.ROOMへの果てしない増築行為なのだ。

人間は丸腰では1st.ROOMを生き抜くことはできない。だから山を割き、路を引き、田畑を巡らし、集落や都市をつくる。その結果、人間は物理的にも社会的にもたくさんのキグルミをまとうことになる。かくして日常からは1st.ROOMは完全に消失し、建築が不断の増築行為の延長上にあることも見えなくなる。

サロベツ原野は建築の未来を「冴えた増築案」として語り始める。ようこそ1st.ROOMへ。いざ、入室されたし。

加藤肩吾「松前図」.jpg日本列島の柱頭たるホッカイドウが環オホーツク全体の重量を受け留め、上方より流れ落ちる千島列島を南端で呑み込もうとしている。

そしてテシオ、イシカリ、トカチの大河川は北東部のある一点をめがけて海から逆流しているかのような勢いである。

ここには正確な地図よりホッカイドウの本性が描出されている。
18世紀末、未だ全貌のつかみ切れない大きな島を未熟な測量術で記録するにあたり、地図作者の筆はオホーツクからロシアに向かう磁力に引っ張られたかのようだ。

当時、ロシアの蝦夷進出に抗するために地勢把握が必要であった。地図作成にあたり不可視の力が働いたとしても不思議ではない。

その磁力はロシアによる脅威を表すとともに、オホーツク以北の未知がもたらすパワーをも表現することになった。


松前藩医加藤肩吾の手による「松前図」は21世紀の人間に、ホッカイドウの本性を語りはじめるのだ。都市にあっても磁力を感じる冴えを持てと。

聖痕.jpg数年を経て一時帰国したM.Oの眼には安らぎと野望が共存していた。彼は自分が取り組んでいる「進展しない」教会建設のプロジェクトの話しをした。進展しない要因の一端が聖痕(せいこん)という不可知の事象にあると少し自慢げに説明してくれた。

聖痕とは磔刑の時にイエスの手足についた外傷のことである。プロジェクトの先導者に聖痕が現れるかどうかが建設計画前進の鍵であると。脅威の残像としての聖痕が今なお建築とシンクロする現実があるのだとM.Oは語った。

教会建設という現実的問題と聖痕という不可知の事象の狭間で建築は無力である。しかしこの状況で建築が鍛えられ、「建築にとっての脅威」を実感できるのだ。

そして建築は自らの無力感を打破するため、「謙虚」「無心」「冴え」を獲得するに至る。

コンクリート製で歪な形をしていたらしいこの教会のその後については聞かされていない。

MO.jpg30歳にして才能を発揮していた建築家M.Oは1996年春、活動の地をサッポロからイタリアに移した。「サッポロは自分を鍛えないから。」と言い残した。地方都市には刺激が少ないというよくある話しではない。M.Oはおそらくこう云いたかった。「建築を脅かす状況がサッポロにはない。」

刺激ではなく脅威。

戦争や天災、資本移動などの歴史的な変転の中で世界中の都市は翻弄されてきた。そしてその都度建築はギリギリの存在形式を発見し都市の輪郭となってきた。
人類史の宝とされる遺構や世界の観光原資を見れば理解できることだ。

現代都市において重要なのは脅威の残像と今もなお人間の生活が向き合うことである。もちろん生命に対する直接の脅威ではない。現代建築が脅威の残像の翻訳者となること。都市が翻訳としての建築を重要とみなすこと。これらが都市文明が暴走しないための鍵となる。
脅威の残像と建築がいかにシンクロできるか。その方法論が未来の建築理論となる。

M.Oが渇望した脅威の残像はサッポロに見出すことは出来なかった。それはM.Oにとって建築家としての死を意味した。

岬の夕焼け.jpg1644本州北部「正保日本総図」F.jpg
地図作成にあたり、国政システムが及んでいた松前を起点にホッカイドウを周回しことが伺える。眼前には入江、河川、半島、断崖、先住民集落などが次々に展開し、そのいくつかは圧倒的な景観として地図に記録された。調査のための周回航路は見ごたえのある映像体験である。そして測量技術のない地図作成は一連の残像を並べる作業に等しい。

エルモノ崎、トカチカワ、アッケシ、ソウヤ、テシオ、イシカリ、カモイノ崎、松前、そして外周部に浮かぶ島々。霧や夕陽により表情を変化させる景観は地平の内側の大きな原野を想像させるには十分であった。

その後200年ホッカイドウの地勢把握は外周部の残像体験記録のままであり、内側の空間に踏み入ることはなかった。

正保日本総図.jpgここに一枚の地図がある。ホッカイドウの姿は現実とは似ても似つかない。形がこうも違うと、全体としても日本とは別人格の印象を受ける。
私にはサッポロに都市としての魅力がないという感覚がずっとあった。その一方でホッカイドウには建築をつくる場所としての地勢的ダイナミズムと不可視のパワーを感じてきた。そしてそれが建築の未来を考えるに当たり示唆的であり、また世界的に通用する建築理論を生むのではと考えてきた。これまで容易には糸口は見つからなかったが、この異様な地図がその手掛かりを与えてくれた。

世界が近代化する前夜においても地理的に全く把握されていなかったホッカイドウ。21世紀、拙速で矛盾を孕んだ近代化が実行された場所として日本の北に大きな島群として存在している。
その間に建築はどのような変成を受けたかが本論のスジだが、しばらくは異様な地図の顛末をたどりたい。