Void巡礼

Voidは虚空や無限という意味であるが、p.b.Vの創造の源となるこの言葉の意味を我々なりに追い求めてきた。
Void巡礼はその旅と発見の記録であり、未来の建築論である。



最 終 写 像

写 像.jpg海面に反射した月光は、輪郭のボヤけた小さな衛星の写像である。
  
暗夜に光る月自体も、太陽光による写像の一部である。
  
そして波面の光は眼球に写像を結び、凝視という時間を経てついに「心に写像する」。
  
  
  
太陽 →→→→ 月 →→→ 海面 →→ 眼球 → 心

  
  
恒星の光は4回の写像を経ながら、人間の心に向かって徐々に距離を詰めるのだ。
  
建築にとって重要なのは最終写像の距離X。  
  
最終写像が最短・最速となるように建築をセットしなければならい。
  
最終写像が切断されるような環境はご法度だ。  
  
超遠方と己の距離を見失うなら、
脅威への感度は下がる。  
  
  
「見える」と「見得る」のは違う。  
  
  
最終写像を「見得る」に結実させる建築こそ、
未来への「問い」である。  
  
  

無    名  

無名.jpg1st-Room=原野に初めての都市と建築をつくるために全国から大勢が参じた。
                                    
ウデに覚えのある者、スネに傷を持つ者。
                                        
                                                                   
「匿名」とは自らを物陰に隠すこと。
「無名」とは己を白日の下にさらすこと。                                                                  
                                   
1st-Roomでは、身を隠す物陰などない。過去の技量も名声も無に帰す。
一人の人間として日夜、建築に向き合わなければならない。
                                                     
極度に限定された時間・資材・工法と向き合うことから生まれる建築は、
「己が刻印された無名」という矛盾をはらんだ形式をとる。
                                                                                  
いいかえれば、個性と一般性が同居する

どこか懐かしく、しかし未見の様相を呈するのだ。                                
                                                                       
己を無名に昇華する道程は、建築の未来を拓く武器でもある。

                                                                                

三つの境地

雨、志、施.jpg1857年、Shimaは蝦夷の地を数ヶ月かけて周回し、1stRoom=原野に建築をつくる境地を得た。                                 
                                                
それらは「入北記」という日誌の巻名として数個の漢字に凝縮された。                                                

                                                                                             
                                                                            

「雨」「志」「施」
                                                                   
                                                                                                       
                                                                      
「雨」とは、自然現象のこと。気象予測もない時代、大きな空から容赦なく降る雨に、人は決して抗うことは出来ない。                                                                      
                                                               
                                                                         
                                               
「志」とは、構想力と意志の結晶のこと。独裁、柔軟、妥協。これらが一つの精神の中に矛盾無く同居するための接合剤だ。
                                                                    
                                                                                      
                                                        
「施」とは、恵みを与えること。Shima最高の収穫である。そして建築を造る究極の目標はここにある。

                                                                                            
そして、さらに踏み込んだ解釈をするなら・・・

刀で切りさばかれた様な筆跡が伝えていることは、単なる文字の意味だけではなく、1st Roomという究極の状況下で建築を造るためには、迅速と決断と冴えが必要であるという境地である。                                                             
                                                                   
遺構の建設のための準備は、この様にして徐々に心の内側から整って行った。

commit

攻める家.jpg先住の民のcise(=住拠)の建設は1st Room(=原野)を強く意識することが起点となる。
                        
あるじ自らが地勢や地縁に積極的に働きかけなければ、建設地も材料の調達もままならない。つまり環境や歴史に「commit(=関与)する力」が試される建築なのである。
                         
そしてコミットするべき対象はkamui(=神)という不可視の存在にまで及ぶ。

コミットするためには対象を熟知し感じることが必要だ。
多くの経験や知識は無論のこと、何よりも不可視の脅威に対する感度が重要となる。     
                        
笹、葦、ぶどう蔓、シナ縄、はんのき、ミズナラ・・・自然環境にcommitすることで獲得できる素材たちは、幾百年を超えて正確に反復される建設方法を支えてきた。
                      
長期に渡り反復出来たのは、先住民が「注意深いcommit」をしてきたからだろう。                              
                                 
建築物としてのciseは非常に脆弱である。 そしてその脆弱性は単なる物理的な耐久性という意味をはるか超える。
      
儀式として、主が亡くなると家は燃やされる。現物としてのciseは仮の姿であり、住人の消滅とともに不可視の脅威に向かって「返還」されるのだ。           
                                                              
ciseの恒久的仮設性は、不可視の脅威まで視野に入れた「注意深いcommit」の賜物なのだ。
                                                                         
「近代化」の恩恵に慣れた我々は、高度なモノづくりのコンセプトとして
強く、深く、注意深く「commit」する力を手中に納めなければならない。

遺構の建設

遺構の建設.jpg「俺の家の柱、どれ~っ!?」
「川岸から3番目の通りに積んである、それを使え!」
「梁はどこだーっ!?」
「隣の家に立掛けてある」
「ウっしゃー」
                                                                           
西暦1800年代も終わろうとするころ、ようやくホッカイドウの各地で都市の建設がはじまった。タテヨコの道をガイドラインに地道で途方もない作業の連続。明日への礎(いしずえ)として信じるに足る確かなものは原木資材であっただろう。
                                                                                 
「少し休むべ」
「おう。おれんとこの材木に腰掛けろや。」
                                                                                           

森や湿地、川原から調達する丸太、ごろ太石、樹皮、葦、そのようなPoorな建材を扱いながら、永劫の生命をもつ都市をつくる。つまり「遺構」の建設のはじまりである。                                      
                                         
「もうすぐ、冬だな。」
「いそぐべ。」
                                                     
冬が来るまでの限られた建設期間をフルに活用するための精密な作業工程が練り上げられたに違いない。
                               
原木の流送、荷揚げ、乾燥、製材、組立て・・・
輸送鉄路もない時代に数十キロ先の森林と眼前の作業現場と限られた季節。

距離と時間と途方もない作業。究極の掛け算の中に「未来の遺構」は徐々に形をあらす。

                                                     
書きかけ中

ラップする遺構

Wrap.jpg鉄は潮風に弱く、薄い波板は強風に耐えられない。この常識を逆手にとり、相手の強打をスウェーバックでかわすアウトボクサーのように、脆弱さを見方につけて、この住居は自然浸蝕と対峙している。

鉄やプラスチックの薄い波板は建築の外壁というより、むしろラッピング材だ。骨組み本体は幾度の拡張を重ね原形をとどめてはいない。その都度表面はラッピングされて空間拡張されている。

ハナレの様な作業場が、透明なプラスチック材で簡便にラップされていることが、それを物語る。

「拡張も縮小も自在」といった融通性・仮設性を武器に、対抗不可能に思える自然と対峙する建築である。


かつて自然の脅威に一度は淘汰されたかの様なこの建築は、逆に未来永劫に存在しえる「遺構」のオーラを発散しながら、テシオの沿岸に建つ。

夢みる遺構

恋するイコウ.jpg
確かこの辺りからの眺めだったろうか。河川敷きに木材がひしめき合い、ぶつかり合う音を街中に響かせた場所は。それも「今は昔」のこと。老人はそう懐かしんだかも知れない。

                                                                
あるいは、この街が消滅するのではと、未来に少し不安を抱いたのかも知れない。

                                                                                                                                       
ある晴れた日、海と河と原野に囲まれたテシオの街を歩きながら、老人は想像を巡らせた。

・・・のかも知れない。

テシオは人間と都市の赤裸々な関係を想像できる糧として今もある。その媒介者は建築だ。

機能する遺構

テシオ.jpgテシオは、伝説の遺構のようである。

明治中頃より、ホッカイドウの内陸で切り出した木材はテシオ河を下り、日本海から本州や朝鮮へと送られた。テシオの街は水運上の要所として、河口に寄り添うように構想された。
それゆえこの街は、非常に機械的な構造をもっている。川を下って来た大量の木材を河口に一時蓄え、そして海原へ送り出す。資材搬送の効率性がそのまま都市の骨格になったのだ。町並みや風景をデザインするなどというリッチな意図は見当たらない。

1000m×500mの広がりに引かれた格子状の道。ホッカイドウでは見慣れた街のつくりである。しかし機械のような骨格が、原野と河川と海の併走するスキ間に忽然と納められた様は、他に類をみない。

街をみじか手方向に移動すると、西端では大河川越しに日本海の潮音を聴き、東端では広大な原野への消失を予感する。驚くべきことに、この振幅の中に現代生活が成立しているのだ。                                  

1st Room=原野に人がはじめての都市を築くとき、テシオのように生活の糧となる産業インフラの効率ゆえ機械的なつくりとなる。しかしそのことで、地勢や自然環境と人間の生活のダイレクトな関係性が生まれる。
                                                                   
この街にいると1st Roomと自分のつながりを、常に意識することになる。
材木も石炭も需要低迷し、テシオの人口は減少し続けている。しかし産業近代化の過程で超合理的につくられた都市空間を歩くとき、我々が感じるのは、むしろ街を吹き抜ける烈風であり潮騒の音であり、弱く美しい北方の陽光なのである。                                 
自分が、いかなるもののうえに生活しているか。テシオの街のシャープで機械的な輪郭は、自然の脅威の中で今もボケていない。
                                                                                                                            
テシオを大自然に人間がつけた傷あととみるか、先人の築いた希望の都市とみるかは、自由であるが、それを論点にしてはならない。 
人知を超えたスケール感とシンクロしている状況に人が棲み得ることこそ未来への論点なのだ。                                                         

テシオが豊かに機能する遺構にみえる秘密はそこにある。            

恒久的仮設

塀の家.jpg1st.Roomにおいて風は強くそして変化は火急である。人間は長時間、風にさらされると体温と体力を奪われる。建築も同じことだ。そこで遮蔽装置が必要になる。

沿岸の建築を見て気づくことは、常に吹き続ける風から身を守る仕掛けにしては、遮蔽装置の構えが仮設的であることだ。
いくら頑丈に構築しようとも、その寿命をあざ笑うかのように風は容赦なく、しかも未来永劫吹き続ける。そして人間が恒久的だと考えている建築は確実に屈する。

ここで発想が必然的に転換し、唯一ともいえる対抗手段「仮設」という謙虚で冴えたアイデアが生まれる。その結果、脆弱だが簡便に補強し続けて行くための、ありふれた素材と工法とが選択される。

つまり「恒久的な仮設」という矛盾を孕む建築の未来形。


この遮蔽装置は家の周囲に使い途を限定しない柔軟な中間領域を生みだしていると同時に、風圧の低減のために開けられたスリットは外を覗うための仕掛けともなっている。決して塀を挟んだ両側のコミュニケーションを意図するような安易な発想からではない。

守るべき対象である家本体より、塀の寿命が長いという事実を街並みの中に認める時、都市に住む人間の頭の中では「仮設」に対する概念の倒錯が一瞬起こる。しかしこれが、建築の未来形にとって「熟考すべき糧」であることにすぐ気づくにちがいない。

Milestone

沿岸の囲い2.jpgハボロからノッシャップに至る海岸線は100km超にわたり途切れなく緩やかに連続する。この海岸線に沿って移動するとき、人間の身体的尺度を凌駕する距離感があらわれる。かつて海路によってホッカイドウ北西部にアプローチした人々にとっては無辺の沿岸線に当惑したことだろう。

大きな河川や特異地形は勿論のこと、海辺に偏在する集落や建物は延々たる海岸線を細分化し整理してくれるMilestoneなのである。

気の遠くなるくらい長い「線」上にあるからこそ「点」は意味と輝きを放つ。近距離においては建築は内側に生活を包む「容量」として存在するが、遠望するほどの外部にあっては人間を導く「点」に還元されるのだ。

「極度に相対化してみよ。知り得る建築の意味と価値を見失うほど。」スーパースローカーブな北西沿岸線は、都市生活でナマった尺度感覚に一喝をくれる。