「ハイ、そこ、どいて、どいてーっ!」
場内をたくさんの搬送用カートが走り回る。
ヘッドがドラムの様な形で、エンジン+タンク+ハンドル+駆動輪が一体となっている。
狭いコーナーを走り抜けるには、非常に優れたデザインである。
搬送用カートが動くということは「モノ、人、カネ、意識」が移動することを意味する。
早朝5時より始まる市場は7時には終了しなければならない。
それ以降は場外へと商品を送り出すタイトな流通工程が控えているからだ。
「活気」とは、ある時間内に「モノ、人、カネ、意識」を動かすという
プレッシャーのもとに生まれるのだ。
じっくり、ゆっくり、じわーっ。
そんなノン気な状況では活気は生まれない。
「ハイ、そこ、どいて、どいてーっ!」
小さな点でも、轢かれそうなそのスピード感が「デカさ」を支配する秘訣なのだ。
N.F
Day by Day
人はどこまで大きな空間を支配できるか・・・
p.b.Vの「大きな」問いである。
手掛かりを求めて札幌中央卸売市場を見学させていただいた。
13万㎡。これを小さいというやつはヘソまがりか理屈やだろう。
深夜2時から動き出す大容量の空間に「街みたいだ」の例えは芸がない。
デカさが活き活きしている様にはきっと原因があるはずだ。
「ここは市場だ」というアタマを白紙にして歩いてみた。
大空間の活気はチョット見では、気まぐれで無秩序のように見える。
だが・・・
・搬入→陳列→梱包→搬出という人とモノの「ナガレ」
・競りや入札という「タマリ」
・その工程の中で派生する「ヨドミ」
この三つの視点で整理すると、活気の要因は見出せる。
そしてそこには大容量の中にあって「輝くような小ささ」が存在していた。
「デカさ」を支配するための確かな「小ささ」。
戦後、人間が自ら作り出した大容量の空間。それらの倒産や撤退を巡る再生の話題は全国で見聞きする。
その多くが、デザインの「鮮度」やソフトの「妙」で話題になることが多いが、
その前に考え抜かなければならないことがある。
数回にわたり考えてみたい。
N.F
「お前らタルんどるから、ニントク5」
「ひエーーーーっ!」
大阪のある高校のサッカー部員にとって「ニントク」は部活の厳しさの象徴であるらしい。
ニントクとは仁徳天皇陵のこと。ニントク5とはその外周を5周走ることである。
ニ・ン・ト・クの響きがどれほど怖かったかについて、元部員である知人は再三私に語っていた。
そのおかげで、私には世界最大の古墳であることより、厳しさの象徴として記憶に刻まれた。
どれだけ厳しいのか。私は長年その「厳しさのわけ」を知りたかった。
高校の運動部としてはありふれたシゴキに思われたからだ。
ふと思い立ち仁徳天皇陵を訪れた。
で、恐る恐る歩いてみた。
周長2.85Kmが長いか短いかは決め付けることは出来ない。
問題はその「幾何学的な風景の単調さ」である。
自分が周回軌道上のどこにいるのかが、時計の文字盤のように正確に把握できる。
唯一古墳の本体を望める拝所が12時の位置の役割をしており、次なる1周の重みを正確無比に走者の気持ちに突きつけてくるのだ。
これがニントクの持つ厳しさのわけである。
古墳博物館で復元模型を見ることができた。
いまはブロッコリの様に樹木が生い茂る景観も、古代には大競技場のような築造物であったのだ。
そして、そのスルドイ幾何学的輪郭線が、樹木と濠と街に挟まれた「果ての無い散策路」として現代に生きているのだ。
「あんなところ走るの大変やなー」
あー大変、大変。こわい、こわい。
なんだか私までシゴキを受けている気分だ。
N.F
「こんなヘタクソな模型使えるかっ!」
20代のころ、私が精魂こめてつくった模型は師匠の逆鱗にふれた。
師匠は動揺する私を前にヘタクソな理由を語った。
・作る前の段取りに「入念さ」がないこと
・使用する模型材料が多いため「簡潔さ」がないこと
後日、師は餃子を食べながら、私に自らの修業時代の思い出を語った。
担当していた建築現場で、当時の自分の師匠から現場で逆鱗に触れたという記憶だ。
「なんだ、この仕上がりは・・・今すぐ故郷へ帰れっ!」
容赦の無い叱責に、餃子でヤケ酒をあおったのだとか。
私の師はもうこの世に居ない。
今も「こんなヘタクソ模型・・・」という罵声が耳から離れないでいる。
長年、私はその「厳しさのわけ」を知りたかった。
未熟な後達を異常なまでに厳しく叱責できる境地に触れてみたかった。
ふと思い立ち、餃子でヤケ酒の原因となった師の修業時代の担当建築を訪れた。
で、恐る恐る中に入ってみた。
それは、私が知りうる範囲で
最も「入念さと簡潔さ」が追求された建築物であった。
大阪南部の丘陵にあるヒンヤリと静かな空間には
30年以上前に、一人の若者が受けた厳しい薫陶が今も刻印されいた。
「あんな建築現場、大変やなー。」
師を思い出して、しみじみと餃子を食べたくなった。
あー大変、大変。こわい、こわい。
なんだか、私まで怒られている気分だ。
ちなみにヤケ酒の現場は餃子の名舗「珉 珉(みんみん)」
N.F
一大事業がはじまった。
約25年前から録りためたVTRの整理・編集である。
同じ映像を繰り返し見ることで、何かが蓄積されると私は信じている。
スリコミ現象が思わぬ発想の糧になることに期待しているのだ。
ジャンルは多様で、記録からお笑いまで、とりとめがない。
特に繰り返し見るのが「ものづくりに関する記録」。
仏像や時計の修理。遺構の再建。CMの製作。・・・
何でもいい。とにかく人々が「つくっている風景」を見ると
心が落ちつく。
しかし、25年モノのVTRはさすがに壊れそうだ。
テープは200本を超える。ラベルに表記していない録画もあるので、マワしてみないと内容はわからない。
だから、いつまでかかるかわからない。
ところで、仕事に追われる今日この頃、夜な夜な何でわざわざそんなことをするのか。
それは、出力のための「入力」を心身が渇望しているからだ。
・・・・
イヤイヤイヤ、正直になりましょう、N.Fくん。
試験勉強中に昔のアルバムに逃避するという、
例のよくある現象でしょう~?
N.F
工事が終わると「竣工写真」というものを撮る。
建設業界の慣例で、
完成したばかりの「真新しさ」を記録するものだ。
我々には「竣工写真」という意識は少ない。
「真新しさ」ではなく、建築を取り巻く
「状況そのもの」を記録したいのだ。
だから「状況証拠」と呼びたい。
「記録するべき状況」はプロジェクトにより異なる。
場合によっては、状況が出現するために数年間、
建築を「ネかせる」こともある。
写真家の星野さんは、いわゆる建築写真の専門家ではない。
映画など様々なメディアで活動している人である。
そして「状況」に対し鋭敏な感度をもっている。
小学校のプールや妊婦さんのヌードを被写体に選ぶのは、
そのせいかも知れない。
その意味で我々の「建築と状況の漫才」を面白がり、
その記録に集中してくれる。
札幌市ロビー改修における「その状況」とは、
原野に築く初めての都市風景。
人気の無い休日の夕方、薄暗いロビーには「その状況」が出現していた。
弱い自然光の午後、人工照明を最小に絞り「その状況」を記録するために
写真家は完全な逆光と格闘する。
写真家のよこで、私も自分のカメラのシャッターを切る。
しかし、そこに写し出されるのはヘタな「漫談」ばかり。
悪いのは、逆光か、カメラの性能か。
もしかして、オレの性能?
N.F
昭和5年、この頃になると建物の数も増え、より一層賑わいが出てきたことが伺えます。
当時を生で見ていない私が、その賑わいってどうやって判断しているかですが、
建物の数もさることながら、店舗が通りを挟んで向かい合っている割合が多いのも、賑わいの一端を担っているのではと思っています。
人通りの多い道沿いには商店が並び、またそれによって人が増えるその流れから、通りをはさんで商店が向かい合うようにある場所は、特に賑わいがある所と考えました。
また、その場所はマチの顔でもあるといえます。
これを当てはめると、昭和5年頃になると、向い合う店舗は確実に増えているのが分かります。
これまでは、中央通りと一条通り、駅前通りが主に向い合う店舗がある通りでした。
それに加え、この年の地図では、向い合う店舗が2条通り、3条通り、4条通りにまで広がっているのが分かります。
4条通りはこの時すでに、マチの顔的通りになっていたのかもしれません。
M.T
全国の都心で百貨店が消えていく。後に残るのは数万㎡におよぶ無人の空間。
昭和時代のデパートは「ズングリ」とした形をしている。
だから都心のデパートが消えると、そのデカい外観のため「負のオーラ」が放出される。
無人のまま密閉された「デカさ」が、負のオーラの発信源だ。
当然、持ち主や経営側には「再生」のためのミッションが生じる。
ここで、2つの疑い様のない事実を確認しなければならない。
1 「負」は「正」に反転する可能性がある。
2 「負」の要因は建物の「デカさ」にあるが、
「正」に反転する場合の要因は「デカさ」ではない。
つまり再生のためには「デカさ」は役に立たないのだ。
むしろ相対的に生み出すことが出来る「小ささ」こそが大切だ。
ひるむ程デカくて無人の空間に身を置いたとき、140年前に原野に挑んだ人たちの心境のカケラを頂いた。
1st Room=原野にはじめての都市を築くときに、人々が信じたものは資材や道具、小屋など「その瞬間を生き抜くための小ささ」であっただろう。
好奇心・地方色・話題性・祝祭事がテクノロジーとデザインの力を得て「小ささ」に凝縮した時はじめて、バカバカしいほどの「デカさ」を克服出来るのだ。
「デカさに惑わされるな!Void巡礼で建築を救え!」
「やや、やってみます。」
N.F
プロジェクトが完成すると、現場で関わった方々と会食をする。
我々はこの瞬間が「打ち上げ」にならない様に細心の注意をはらう。
宴はゴールではなく、次なる仕事への人的財産蓄積の瞬間なのだ。
この日の宴にも様々な業種の方々が一同に会した。
酒のマワリとともに、次第にものづくりへの想いが熱く語られる。
非常に専門的な技術論も、酒のせいかすんなり頭に入る。
参加者の職種は大別すると二つしかない。設計する人と作る人。
作る人は設計する人に攻撃的にまくし立てる。
「我々の技術に必要なのは答えではなく問いかけだ!」
「技術の可能性を吐き出すためにもっと難題を出せ!」
求められているのは・・・
設計者が机の上で自己完結的に考えた、
安易な技術的解法にたよった、
カッコだけの答えではない。
熟練職人を本気モードにさせる、
技術的野心に満ち溢れた、
フツウのカタチとして結実する「問い」なのである。
作り手が快哉を叫ぶほどの「問い」をつくるのは難行である。常に「ものづくりの戦場」に身をおく以外にはない。
夜もふけ、財産の蓄積が確認できた後、ようやく「打ち上げ」モードに入る。
どの店にいったのやら・・・?
何を唄ったのやら・・・?
いくら払ったのやら・・・?
今日の私に必要なのは、むしろ「答え」なのかも知れない。N.F
ついにこの時が来た。
20代のころ私は舞台・映画セットの仕事に憧れた。その火付け役となったアヴァンギャルド少女こと朝倉摂さんとの御対面である。
結局は建築の道に進んだ私だが、貴重なこの機会に多くの質問を投げてみた。
問答のごく一部を紹介すると・・・
問1「仕事の原動力は?」
答1「空間体験の蓄積」
問2「仕事をしてみたい場所は?」
答2「スピリットの宿る空間」
(例に、ご親友・安藤忠雄大先生の小さな教会を挙げられた)
問3「建築とセットの違いは?」
答3「設置される時間の長さ」
問4「舞台上で一番大切な場所は?」
答4「中心」
問5「ご自宅の仕事場にある大量の蔵書は?」
答5「夜中に図書館は開いてないから」
問6「セット製作の発注方法は?」
答6「発注額により3社ある。安い所は下手。」
簡潔に答える姿勢は、心に謙虚さと冴えが同居している証しである。
単に絵柄をデザインしているのではなく、素材選択から工法まで「ものづくりの戦場」を生き抜いている人間に特有のオーラが発散していた。
若き日の憧れという淡い記憶のベールの向こうから、突如飛び出してきたアヴァンギャルド少女。
朱のメガネに紅い髪のインパクトは、20余年前の私の初心「セットの様に街や建築を考えられないか?」という問いに立ち返る契機を与えてくれた。
それは世の流行に囚われることなく、限定された環境や状況を
「軽快に、重厚に、複雑に、簡潔に、素早く」カタチにする姿勢である。
「小難しい事をしゃべってる暇があるなら、やってみれば?」
「ういーっス!」
N.F