Day by Day

日々の出会いの中に「実感できる何かを頂くこと」Day by Dayはその備忘録である。 



記   録

記録写真.jpg「写真はその機能上、宿命的に二つの側面をもつ。」
「それは表現と記録。」
「そして写真の本質は記録にある。」                                       

写真家 森山大道は講演でそう語り、一冊の写真集を我々に紹介した。

                                                                      
その内容は驚くべきもので、無辺の原野に都市-札幌創成の風景が写し撮られていた。                                                         
                                                                                           
                                            
用水路から上げられた大量の木材は圧倒的であり、都市誕生を昨日のことのように実感するには充分すぎた。                                                                 
                                                                                          
札幌市庁舎ロビーのリニューアルプロジェクトは、この疑いようの無い記録を「大きな船」にすることで漸進しはじめた。                                                         
                                                                                                        
この写真集で特集されている田本研造は幕末から明治を生きた函館の御用写真師である。                       
・紀伊の生まれであること。
・34歳のとき、凍傷で右足の膝から下を失ったこと。
・日当3両+経費で札幌建設の記録写真を請け負ったこと。
・二度の函館大火で自身の写真館を全焼させていること。
・しかし間髪を入れずに再建したこと。                                      
                                                                                                     
そんな人物である。                                            

問題の写真をデジタルで補修復元したところ、広大な風景を高精度で「記録」していたことがわかった。                                          
                                                                                                    
この写真はロビーのある地点に立てば見ることができる。N.F


無 名 性

無名性.JPG我々の究極の目標は「無名性」のモノづくりである。
「コレ、私が設計しました」的な「私的作品性」を我々は嫌う。
なぜか?それはわからない。サガか本能の様なものである。                    
                                                                                                               
                                                                     
そして「無名性」を追求したプロジェクトがひとつの像を結んだ。
札幌市庁舎ロビーのリニューアルである。
完成までの1年余りはアイデアとカタチを「無名性」に昇華するために要した時間でもある。 

                                                            
我々の最初の作業は、私的作品性の排除克服であった。
                                                   
そして次の作業は、市長から職人までプロジェクトに関わる全員が乗れる「大きな船」を探すことであった。                                                                             
                                   
プロジェクト開始から数ヶ月たった頃、ある一枚の写真との偶然の出会いに「大きな船」を予感した。ここで私はこのプロジェクトの成功を確信した。(その写真については後日)                    
                                                                  
我々はその写真を「大きな船」として一枚の簡潔なコンセプトシートにまとめた。                                                                   
                                          
                                                                           
最後の作業は「大きな船」に揺られながら、多くの協働者とアイデアのpush&catchをねばり強く繰り返すことであった。
                                            
ねばるべき理由は関係者全員で共有している。否定や対立は怖くない。すべては「大きな船」を着岸させるためだ。

                                                                                      
やがては我々の私的作品性は脱色され「無名性」のカタチが立ち現れ、実現に至った。                                                                                 
                                                            
これまでの道程を再整理すると・・・
①飽きるまで私的作品性をカタチにし尽くしたこと。
②全員が乗り込める「大きな船」の存在を信じたこと。
③アイデアをカタチにするための全員対話をし続けたこと。
④もっとユーモアを!!                          
                                                                                           
                                                           
今日はそのプロジェクトのオープンセレモニーであった。
苦労を供にした多くの協働者の充実した笑顔があった。                                     
そしてp.b.Vが「無名性」のモノづくりに到達した瞬間でもあった。                                                           
無名性といっても設計者として作り出した建築について言及する責任はある。
数回にわけてこのプロジェクトについて書く。
                                                                                        
「匿名性」とは自らを物陰に隠すことであるが、
「無名性」は己を白日の下にさらすことである。

               
最後に、このプロジェクトで協働した
職人、工房、デザイナー、山林組合、製材所、
メーカー、コンサル、工事請負、
コディネーター、市関係各課の方々、
本当に、ありがとうございました。

熱  烈  感  謝
 
N.F


03_T4.jpg大正4年、1条から4条通りに直交する丁目をわける道が敷かれます。
これで、現在のマチの原型が出来上がり。

このころのマチは、1条通り、夕張通りが賑わいをみせ、道の両脇に商いを営む店がずらーと並びます。
まだ、複雑に入り組んだ仲通りがなく、整然と分かりやすい店の並びになっているのがわかると思います。

しかし、賑わいを見せる通りとは逆に今の3条通りや4条通りは、まだまだ開発途中といった感じです。
そのような中、土地を細分するかのように、通り抜け道ができ始める様子も見えてきます。

そして、地図をよーく見て下さい。
実は、今でも営業しているお店や病院を見つけることができます。

こんなに古くから商いをしていたなんて!
M.T

新手のテロ

新手のテロ.jpg
大家たち 「このビルは地味なので、
      思い切った色にしてみようかと。」
                                                 
店子A   「それがなんでオレンジ?」
                                                             
大家たち 「インパクトがあり、
      温かみもあるということで」
                                                            
店子一同 「????」
                                                             
店子B   「というより、なんで事前に説明ないの?」
                                                           
大家たち 「誠に、不徳の至りでございまして・・・」
                                                                      
店子B   「で、塗りなおすの?」
                                                                  
大家たち 「時間もお金もないので、このままで」
                                                              
店子C   「えっ。このまま?!頭おかしくなりそう」
                                                                      
大家たち 「いい色だと思うんですがねー」
                                                               
店子A   「もう私、このビル出るっ!」
                                                                  
大家たち 「皆さんのお気持ちはわかりました。」
  
                                                        
その後、何の連絡も無く、別の色が部分的に塗り重ねられている。
                                                                      
                                                           
慣れ親しんだ仕事場がある日突如、強烈なオレンジ色に塗込められたら・・・
                                                             
これはビルの店子にとって、新手のテロといってもいい。             

                                                   
都市景観とか街並みの調和とか、そんなヌルイ話しではない。

「毎日の商売」にかかわる話しです。

We remember N.Y 9.11 N.F
                                                                                         

脆弱にして強靭

Yチェア.jpg
「私もう、がまんできません。ブチキレてしまいそう・・・」                                                    
                                                                                       
                                                                                    
p.b.V併設のcafe me,We.の窓際にある2脚の椅子は、友人から無期限で借り受けている。
Yチェアとよばれる有名な椅子である。
私は有名家具に無関心なので、数年来、店の一角に放置していた。                                        
                                                                               
最近、me,We.の客の体重に耐えかねて、悲鳴をあげた。                                                                  
座面は長~いペーパーワイヤー(つまり紙縒=こより)を交互に編み込んで出来ているだけ。板状のものは存在せず、紐だけでがんばっている。
この椅子の年齢は25才。紙でも丁寧につくれば耐久性をもてるのだ。     
                                                        
長年にわたり、加重や加湿を繰り返すうちに「私、キレそう・・・」となった。
                                                                                             
このキャワイイやつを修理に出した。カンディハウス社旭川工場の職人さんが驚くべき密度でワイヤーを編み直してくれた。
写真の上側が修理まえ、下側が修理後。                                                          
 
                                                                    
ブチキレそうだった椅子は、見事に気をとりなおした。
客の体重を跳ね返すほどのハリで。                                                                
                                                            
素材の脆弱さは、「縒る、束ねる、編む」という操作を加えることで強靭と化した。                                                            
                                                  
「もう私は大丈夫。強い女になりました。」
                                                         
「えっ!また、しゃべった?
っていうより、君、オンナやったんか?」

素材とのおしゃべりは突然で、しかも終わりが無い。N.F                                                                    
                                                     
          

君たちは包囲されている.jpg「君たちは完全に包囲されている!無駄な抵抗はやめて出てきなさいっ!」                                                                                                   
                                                                                               
イベントでビルを占拠した我々は、今度は大家から包囲された。                    
                                                                     
現在p.b.Vが入居する水協ビルの外壁塗装が大家の手により実施されている。

このクソ暑いさ中、塗装中は窓も開けられない。
しかしビルが綺麗になればいいのだ・・・
そんなふうに思いなおして、現場の工事担当者に聞いた。
「で、何色にしてくれんの?」
「オレンジです。」
「・・・・」
「お、大家さんが、オレンジにしろと。私は指示のままに。」
                                                                         
オレンジだぁ?もうー、何考えとんねん。
                                                            
完全に包囲された我々は、無抵抗なまま、すこしづつ染まっていく。
強烈なオレンジに。
N.F

02_M29.jpg明治29年になると、岩見沢駅が現在の位置に移動してきます。

そして、入植してきた人達の土地を分断するように、道路が敷かれ始めます。
ここから、土地の細分化が始まるのです。

街が発展するうえで、やはり100間×50間は広すぎです。

これによって、マチはにぎわいだし、新しく出来た1条通り沿いには商店が並びだします。

しかし、この年の5月22日に大火がおこります。
ようやく、栄え出した商店街が見事に燃え尽くされたのです。

十数年かけつくられたきた街並みがものの数時間で、無に還る。
今の時代以上に火事は、巨大な力だったのですね。

その火事を経験しまた人は、エイヤコラとまちづくりに奮起したのでしょう。

そして、また街は発展していくのです。
M.T

M17.jpg
明治17年、本格的な入植がはじまる。100間(182m)×50間(91m)が一戸に割り当てられた土地であった。

現在中心市街地になっている、駅前通りと中央通りに挟まれた、1条から6条にかけて入植した18戸から中心市街地は発展していく。

この何にもない広い荒野を家族総出で、開墾する風景が見えてくる。
その大変さは、並大抵のものではなかったであろう。

この当時、地図の一体の道路は札幌通り(現在4条通り)とそれと交差する、夕張通り(現在中央通り)があるのみであった。
シンプルを通り越して、まだまだ何もない状態。


そして駅は現在の位置よりも夕張通り(現在中央通り)を越えた東側に設置されていた。
M.T

ゼロからの都市

1871東を望む.jpgほとんどの建築は都市につくる。もっといえば、都市の「土地の上」に。

土地には所有関係がつきもので、これが案外、建築の構想に影響する。                      
                                             
誰がどの様に所有し、どう活かしたいか。

一方、所有される土地は不動産と称し、移動不能の財産をさす。                    
しかし我々はその不動という概念を疑っている。                             
                                   
土地は「天下のタ・マワリモノ」と考えているからだ。

ホッカイドウには150年まえまで都市は無かった。
従って土地所有という概念も存在しないところから
都市のストーリは始まった。 

都市誕生後、その所有関係が派生し
政治・経済・災害・戦禍による変成作用を受けて今に至っている。
                             
不動といえども、所有を巡り土地はウゴメイテいるのだ。                      
そのウゴメキの軌跡を捉えることで、都市はどこへ向かっているのか
知りたくなった。                                      
建築を考える糧として。けっして歴史のお勉強のためではない。                     
かっこうの素材が見つかった。
数回にわけて、アップしたい。

題して、「ゼロからの都市」。                      
                   
N.F

施  工  図

施工図.jpgセコウズという重要なものがある。
設計者やデザイナーは描けない類の図面だ。工事や製作をする側のエンジニアが描く。
                                           
                                                                       
だから施工図には実際につくるための知識、工法、経験が一杯つまっている。
                                             
我々にとって施工図は重要だ。エンジニアの経験と技術が、我々の作り出すカタチをより豊かで確かなものに押し上げてくれるからだ。                        
                                                                             
過去の失敗を活かす工夫。
                                                                 
ヘビーな使用に耐え得る細部。
                                      
                                                              
エンジニアの「声無き声」が図面から聞こえてくる。 
                                                       
現在製作中の公衆電話ブースもデザイン上の意図と製作上の課題が融合しながら解決されている。デザイン上の意図とは、磁性・ドット・スリット・クッション・エッジである。家具製作の日新インテック社の経験と技術が活かされている。                                       
                                                                     
施工図の教えとは・・・
                                        
経験上の「脅威」を、
「謙虚さ」をもって、
「冴え」たアイデアに昇華せよ。

そういうことである。                               

施工図作成に労をいとわないエンジニアの皆さんに「謝々」
N.F